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第63話 次の日の朝

朝は来る。 何があっても。 どんなに悩んでいたって、泣いていたって朝は来てしまう。 泣き疲れ眠ってしまったケンを抱えてショーンが部屋を去ると、アサと俺は2人っきりで最後の夜を楽しんだ。 静かな夜だった。 ゆっくりと時間が進んでいく中、俺たちはできる限り言葉を交わしできる限りお互いに触れた。 最後の夜と呼ぶにはピッタリな夜だった。 次の朝、うるさいほど囀り続ける小鳥の声に瞼を開くと腕の中にアサの姿を見つけた。 愛してやまない漆黒の髪は今日も艶々と輝いている。 自分より華奢な輪郭を肩から背中へゆっくりと撫でていくと、前髪がさらさらと揺れた。 「アサ…おはよう」 「ン…」 ゆっくりと開いた瞼の隙間から美しい瞳がこちらを見つめる。 この瞳を見つめられるのはあと何回だろう。 タイムリミットがあるのだから、できるだけ見つめておこう。 「アサ、支度をしよう」 「ハ、イ…」 いつもより静かに応えた唇に口付けを送ると口角が少しばかり上を向いた。 時間がない時に限って時間は早く進んでいくものだ。 この街で仕立てた服や、アサのスケッチブック、身の回りの物をカバンに詰めだすと出発の時間が近づいてきた。 「キモノを着るのか?」 「ウ、ン。キモノ」 「そうか。アサ、お前はきれいだな」 出会ったその日にアサが身に着けていた群青色の着物。 その着物に身をまとったアサは今でも何よりも美しい。 肩につくまで伸びた髪は触り心地良さそうに艶々と輝いていた。 「ニー、ル」 「なんだ?」 「ダイジョブ」 「ああ」 差し出された小さな手を握ると色白の顔がニコリと微笑んだ。 「準備はいいか?」 「ン…」 ぎゅっと握られた手から、アサの不安が伝わってくる。 「行くぞ」 扉を開くと青空が目の前に広がっていた。 風が吹き木々が揺れると島国に似た磯の匂いが漂ってくる。 「おはようございます」 「ああ、ショーン。悪いな、待たせたか?」 「今着いたばかりですのでご心配なく」 「おい、ケン、挨拶もないのか?」 「……」 ショーンの腕に顔を隠し一言も口を利かないケンにアサも首を傾げている。 誰よりも一番、早朝にだってうるさいやつが、今日だけはものすごく大人しい。 「ケ、ン?オ、ハヨ」 「アサぁぁぁぁ!!!!!!!!」 絞り出すように大声を上げたケンの姿に俺たちは胸を下ろした。 「よし、それじゃあ波止場に向かうぞ」 「ねえねえ、本当にいかなくちゃいけないの?」 「ケン、今朝も話しましたがその質問は…」 「あ?本当にってどういうことだ?」 「それは……今から気持ちを変えても遅くないってアサに言うんだとケンが早朝から騒いでまして」 「お、お前…はぁ、決まったことは決まったことだ。今更何を言っているんだ。お前も、男らしくしろ」 「何それ!男らしくって!僕、そんなことしなくても男だもん!ちゃんと、付いてるもん!」 「ナ、二?ン?」 「ケ、ケンッ! そういう下品なことは公衆の面前で話すことではありませんっ」 「はぁぁぁ、お前たち少し離れて歩いてくれ」 いつも通り、俺たちらしく一歩一歩波止場への道のりを向かう中、アサは俺の手を離さなかった。

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