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第62話 アサは大丈夫

――帰ろう 眉間にシワを寄せ泣き止まないケンを見つめるニールに僕は決断した。 僕のせいでさっきからこんなにつらそうな顔をしているに違いない。 自分の中で納得できたわけじゃない。帰りたいか帰りたくないかを聞かれても未だにどちらかとは答えられない。 でも帰ろう。 僕はニールに迷惑をかけているんだ。 僕が帰れば、この船に今まで通りの毎日が戻ってくるはず。 元気いっぱいなケンが朝食を作り、船員の皆がワイワイと食事をする。 その横でニールとショーンが真面目な顔で話し合いをしててきぱきと仕事に戻っていく。 数カ月に一回はこうやって色々な国に止まって色々な風景や文化に触れるはず。 そうだ。 慣れるはずだ。 寂しくて泣いてしまうのは最初の数カ月のはず。 それが過ぎれば今まで通りの生活が始まり、僕は皆の思い出になるはずだ。 そして僕も、この不思議な経験をいつか思い出して懐かしく思う日がくるはずなんだ。 「ケン…ボ、ク」 僕の両肩を掴み震えながら涙を流すケンの瞼は真っ赤に腫れている。 「アサ!!! おねがい!」 笑顔が絶えず、いつでもその場を明るくする光のようなケンが驚くほどつらそうな表情で僕に何かを訴えている。 言葉が通じたら僕だってケンに言いたいことがたくさんあるんだ。 今日まで僕に異国語をたくさん教えてくれたこと。 兄弟のように毎日仲良くしてくれたこと。 ケンがいなかったら僕は部屋でニールの帰りを待つだけの日々を送っていただろう。 「ケン……ボ、ク……アリ、ガ、ト…」 「あっ、あ、やだ!やだ!アサ、いやだぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!」 今まで以上に大きな泣き声をあげてケンは床に崩れた。 ケンの後ろで僕たちのやりとりを見つめているニールとショーンに視線を向けると、ショーンがゆっくりとこちらに向かってきた。 床に跪き震えるケンの肩を抱くショーンの瞳はいつも以上に優しい雰囲気を纏っている。 ケンは大丈夫。 ショーンがいるからケンは大丈夫。 「アサ?」 聞きなれた大好きな人の声に視線を上げると「キンイロ」の髪の毛が揺れる。早足で近づくといつもより体温の低い両腕が僕をきつく包んだ。 「アサ、いい子だ」 「ニー、ル…ゴ、メン…」 「なにがだ?」 「ボ、ク…カ、エル……」 「ああ……」 「…」 「大丈夫だ」 「ダイジョブ…」 「ああ、大丈夫…」 その通りになってほしい。 明日全てが大丈夫になってほしい。 頬を目の前の逞しい胸にくっつけると優しい手つきでニールの指が僕の後ろ髪をすく。 大丈夫 大丈夫 大丈夫 ニールがそういうならきっと大丈夫。

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