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第69話 初めてのお買い物

今、穏やかな海風が吹く市場で俺は華奢な腰に腕をまわしてフワフワと揺れる黒髪を見つめていた。 本来ならば、もう二度と目にすることもこの手で触れることもできなかったはずの存在がなぜか俺のもとへ帰ってきたのだ。 「違う」と言う言葉を口にしたアサの背後で、アサが乗って帰国する予定であった船が段々と小さくなっていった。ケンの大声が頭に響きながらも、信じられないことが起きている現状に、俺はすぐに動くことができずにただただアサをきつく抱き寄せ、船を見つめた。 「ショーン、アサを少し見ててくれないか?ちょっと寄るところがある」 「今ですか?」 「ここで買うもんがあるんだ」 「ちょっと、ニール!それじゃあアサが心配しちゃう!」 「一瞬で帰ってくるから頼む。すぐそこだ。ほら、見えんだろ?あそこに行くだけだ」 「アサ!ニールがアサのこと置いて行っちゃうんだって!」 「ケン、お前!言い方!」 「ン???ニー、ル?」 「アサ、すぐ戻ってくるから」 「ウン…」 「ほら!アサだけは素直にうなずいてくれるじゃないか!」 「ニール、さっさと行ったらどうですか」 「お前も言い方ってもんがあるだろう」 「じゃーねええええ!」 「はいはい」 その店は市場の入り口からそう遠くない場所にあった。 初めてここを歩いたときに、色とりどりの髪飾りや装飾品が並ぶその店が俺の目を引いた。 「いらっしゃい、贈り物を探しているの?」 「ああ、俺らの言葉をしゃべるのか。どこの訛りだ?」 「南の大陸よ。お兄さんは北の島?」 「そんなところだ」 「お土産を探しているのかしら?」 「土産ではないな。ただの贈り物だ。大切な人が戻ってきたんだ」 「あら、幸せな顔しちゃって。この辺の髪飾りとかどうかしら。毎日使ってもらえるものばかりよ」 硝子や貝殻で飾られているのかどの装飾品もキラキラと太陽の光を受けて輝いている。 その中で1つ、アサのキモノの色合いに似た髪飾りが目に入った。 「これはどうやって使うもんなんだ?」 「横に小さな留め具がついているでしょう?それを外してまとめた髪をはさむのよ」 「…痛くないか?」 「え?!痛くないわよ。髪をはさむだけでだもの」 「そういうもんか。それならこの青いのを頼む」 手に取ったのは深い青色の髪飾りだ。表面には小さな貝殻の欠片が花模様に飾られている。 「バレッタを気に入ってくれるといいわね」 「ん?バ…なんだ?」 「バレッタって言うのよ、こういう髪飾り」 「そうなのか。ああ、そうだな。あの子に似合うのは間違いないんだ」 「ふふ、そうだと良いわ。お買い上げありがとうございます」 生まれて初めて誰かのために何かを買った。髪飾りなどに無縁な人生を送っていた俺は今、心が躍る思いで小さなバレッタを手にみんなのいるところまで戻っていった。

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