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第70話 アサとキレイ

「アサ?大丈夫?」 「ウン」  船を去りニール達と再会してからすぐ、僕たちは市場を通って宿屋に戻っているはずだった。  僕が勘違いしたのかもしれない。  人生を左右するような大きな決断をして留まると決めたから、僕の心臓はずっとドキドキしていたし頭も宙を浮いているようだった。そんな状態だったから、ただでさえちょっとしか分からない言葉を僕は間違えて理解してしまったのかな。  いきなりニールが走り去ってから10分くらい経つと、ショーンと会話をしていたケンが僕の手を握った。 「アサ!ほら見て!」  指をさされた方向にニールの姿を見つけ僕はほっとした。  優しそうな表情をこちらに向けながら近づいてくる彼の姿に僕は心が段々と温まるのを感じた。 「ニール!」  ぎゅっと抱き着くと大きな手が僕の背中を撫でる。この手も、今僕が顔を埋めている胸だって、あの船に乗っていたら二度と触れることのできなかったものなんだ。 「アサ、これを」 「コレ?」 「きゃー!ショーンショーン!」 「おい、ケン、黙れ」  身体を離し、見上げた先にはニールの手に握られたキラキラの何かが輝いていた。  何だろう。  綺麗な青色のソレは色が深くて僕のキモノの色に似ている。  小さな貝殻が花の形に埋め込まれていてとてもきれいだ。 「アサ」  呼ばれたままにニールの顔を見つめると、体をくるっと後ろに向かされた。  何が起きるのか分からないけれど、僕は今、さっきまで後ろに立っていたケンとショーンを見つめていて、二人は僕とニールを交互に見てニヤニヤと笑っている。  ニールの大きな手がゆっくりと僕の髪をすいていく。  船旅を始めてから伸ばしっぱなしのソレは肩につくほどの長さになっていた。  厨房でケンのお手伝いをするときは、どこかからもらってきた紐で髪を一つに結っていたがそれ以外では特に気にもならずにおろしたままでいた。  ――カチッ 「ン?」  金属音が耳元でなり僕は後ろを振り返った。  先ほどニールの手のひらにあったものは髪留めだったのだろう。  後ろで一つにまとめられた自分の髪を撫でて僕はドキドキが増すのを感じた。 「コレ…」 「アサ、これは『バレッタ』って言うらしい」 「バロット?」 「バ、レッ、タだ」 「バ、レッタ」 「そう。お前によく似合う」 「ン?」 「ニールはね!アサがキレイだって言ってるの!」 「ア…ウン…」  髪留めは『バレッタ』というらしい。  ただ『キレイ』という単語に僕は頭をひねっていた。  晴天の朝に海が輝いていた時、星空が一段と輝いていた夜、そんなときにニール達は『キレイ』と口にするんだ。  このバレッタも海や空のように美しいってことなんだろう。  後ろで留められたその髪留めを今見ることはできないけれど、この贈り物が僕を守ってくれるような気がして、嬉しくてしょうがなかった。 「ニール、アリガト、ウ」

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