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第101話 ショーンの記憶にあるもの

 「ありがと」と呟くとケンは苦しそうに瞼を閉じた。  ひと眠りすれば落ち着くかも、何て思っていた熱もそう簡単に収まるものではないようだ。  慌てて持ってきた水で手拭いを濡らしてケンの額に置くと、小さなため息が唇から洩れた。 「冷たい……」 「いらないですか?寒いようでしたらタオルを取りますが」 「ううん、気持ちい」  ああ、このやりとりは記憶にある。  楽しい思い出ではない。正反対のそれは、私のトラウマ。  あの日も、風邪の看病をして、濡れタオルを額に置いて瞳を閉じた所を見届けた。  目が覚めれば、きっと熱は下がっていていつも通りの日常が戻ってくるのだと、疑ってもいなかったのだ。  だから、私はあの時「大丈夫」だなんて、簡単に口にしていた。  なんて無責任な言葉だろう。何の保証もなかったのに。 「ショーン?」 「すみません、考え事を」 「顔真っ青だよ、疲れた?」  いつもは大騒ぎするケンの声が弱弱しい。   「ご心配をおかけしてすみません。大したことではありませんので」 「でも……」 「本当に平気だって、ただの熱だもん」 「それなら、眠られたら部屋に戻ります。仮眠をとってそれからまたここに戻ってきて看病を再開しますので」  本音を言えば、自室になんて戻りたくない。  離れている間に病状が急変してしまったらどうするんだ。  あの日だって、あの子の体調は驚くほど急に変った。  大した事無いように見せかけて、最初から重い病気だったに違いない。  違う人間の話で、違う病状かもしれない。  それに私はあの時から何年も年を取り、子供ではない。  それでも、目の前の病人には不安になってほしくなくて、私は平気だと見せてみる。  上手くいっているかは分からないが、安心させたいから。 「ふふ、ショーンはいつでも真面目だね」 「え?」 「そんなに肩ひじ張らなくても大丈夫だよ」 「私は、」 「僕は子供じゃないもん」  ゴホゴホっとケンがせき込み上半身をゆっくりと起こした。  慌てて近寄り背中をさせるとシャツが汗で濡れている。 「み、水をっ!」 「だーかーらー、ただの咳だって!そんなに慌てない!」 「でもっ!」 「ショーンにあこがれてる船員さんたちがこれ見たらひっくり返るだろうね」  水を飲んだケンからコップを受け取ると、触れた指先が未だに熱かった。 「ねえ、ショーン、もう寝るから部屋に戻っていいって」 「あともう少しだけここにいさせてください」 「ねばるねー」  ゆっくりと寝そべったケンは瞼を閉じた。  枕の横に落ちた濡れタオルを冷やし直し、額においてあげると口角がわずかに上がる。 「おやすみ、ショーン」 「何かあったら呼んでください」 「はいはーい」 「返事は1度だけで十分です」 「ぷぷっ、まじめすぎ」  

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