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第92話 ニールの昼寝

「アサ、今日も仕事、大丈夫だったか」 「ウ、ン」  最近アサは笑っていることが増えたと思う。  自分と過ごす時間が減ってから笑顔が増えたなんて、複雑極まりないが、何にしろアサの笑顔は格別だ。特に俺が仕事から戻ってきて扉を開けた瞬間に見せる笑顔って言ったら……  これは俺しか見れないもんだ。もちろん、他の奴に笑いかけてるのだって見かけたりするが、この、周りの空気がぱーって光るみたいなきらきらした笑顔は俺だけのもの。 「ニール、オツカレ、サマ」 「ありがとう。今日は特に疲れたよ」 「イイコ」  こうやってゆったりとした時間が過ぎていく。これが想像以上に居心地が良い。  仕事で使い切ったエネルギーがゆったりと補充されていく感じだ。 「天気が良かったら日向ぼっこでもできるんだけどな」 「ン?」 「雨が降ってるだろ?」 「アメ……」 「そうだ、今日の天気。晴れていれば外を楽しめるのにな」 「ン……」  あの地を出港して以来、アサが使える言葉の数が増えてきた。  一人で行動することは少ないが、それでも前よりは怯えた様子もないし、アサの中で何かが変ったのだろう。  ずっと晴れていたって言うのに今日は雨だ。  船が横に揺れようが縦に揺れようが、仕事を休めるわけでも、船を降りて雨宿りをするわけにもいかない。  こんな日の休憩時間は図書室で借りてきた本を読むか、昼寝をするか。今当直中でないやつらは、大抵談話室に集まってトランプでもしているだろう。  俺には、アサがいるから、できるだけ二人で時間を過ごす。  特に何もしなくても良い。    こうやってベッドの上で寝っ転がって言葉を交わしているだけで疲れは吹っ飛ぶのだから。 「キョウ……」 「ああ」 「エ、ット」 「急がなくていい、時間はある」  白いシーツの上に広がる黒い髪は、出逢った頃より長くなった。  黒く力強い瞳は今でも変わらない。  変わったことと言えば、涙を見せることが減ったことくらい。 「アサ、仕事は4時からだな?」 「ウン、ヨジ」 「少し時間がある、昼寝でもするか」 「ネル?」  俺たちの部屋は「船長公認」になったからと言って変わっていない。  俺だけの部屋だった場所に、少しずつアサのものが増えていくだけ。  少しずつ、少しずつ……俺が買った服やケンからもらった小物、ショーンが渡した本……  それに、なぜか船長もアサに物をあげたがるから、瞬く間にアサの持ち物は増えていく。 「ン……」  唇の柔らかさと、紅く染まる頬は相変わらず。  必死で追いかけ絡んでくる舌も同じく。 「おやすみ」

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