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第106話 ニールの約束
簡単に今の状況を説明すると、小柄な青年が口を開いた。
「なるほど、船が静かだなと思ったら、ケンが熱出してるんですね」
「ああ、寝れば治るだろうと思っていたけど悪化してな」
絵具に汚れた手を拭くとサイは立ち上がった。
「それで、ボクを探してた理由って」
「船長がお前なら役に立つだろうって」
「そういうことですか…」
天気の良い日の波は太陽に照らされて眩しすぎる。これだったら早く部屋に戻ってアサの顔を見ていたい。
「一緒に来てくれるか?お前が医者じゃないのは分かってるが、俺らよりは役に立つだろ」
「実家の診察所を手伝っていたことがあるのでそれは大丈夫ですが……」
何を渋っているか分からないが、早くケンのとこに戻らないとショーンの気が狂うかもしれない。
早くしてくれ、と言おうとした時だ、強い風が吹きサイの足がもつれた。
条件反射で出した右腕で傾いた体を受け止める。
「わっ」
「大丈夫か?」
「はい、ちょっと足がしびれちゃったのかも」
胸にもたれかかった体は、アサより大きいが華奢な部類だ。柑橘類を思わす香水の匂いがふわりと俺の鼻を擽った。
体勢を整えたサイは足元を見つめて呟いた。
「えっと、ケンの部屋に行ってもいいんですが、その代わりにニールさんから何かをもらうってできますか?」
「つまりお礼が欲しいのか?」
「それだと響きが悪いけど、そんな感じです」
あげられる物がほとんどない。持ち物が少ないうえに、この前の泊まった町ではほとんどアサのものしか買ってない。さすがに何を言われようとアサのものはあげられないしな。
「何が欲しいんだ?」
「物じゃなくて、時間……なんですけど。次に停泊する町で一晩だけ……」
「なんだ、夕飯でも食べに行きたいのか?」
「い、いいですか?!」
サイもアサと一緒に厨房で働いてるし。3人で夕飯食べに行ったらアサも喜ぶかもしれない。アサに友達が増えるのはいいことだな。俺との時間が減るのは許せないけどな。
「よし、じゃあ陸についたら飯を食いに行くって約束でオッケーだな」
「はい!」
「さっさとケンの部屋に行くぞ」
絵具を箱に詰め始めたサイを見つめながら、部屋で待つアサのことを思う。絵具か……スケッチブックを渡したんだから絵具もあったほうがいいかもな。アサは絵が上手かったはずだ……ケンの壊滅的な画力より何倍も上手だしな。
ケンが苦しんでいる状況で幸せボケしているのもなんだが、本当に俺はこの時幸せボケをしていたんだろう。まぁ、それに気づくのはずっと先の話なんだけどな。
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