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第118話 ショーンのお悩み相談
「で、ケンはどうなんだ?」
「ああ、もう絶好調だって叫んで走り回ってました」
「犬か、あいつは」
「ふふ」
今朝はケンの大声で目を覚ました。いつもは一人部屋で寝起きしているから、他人の声で起きるなんて久しぶりのことだ。それも、優しく起こしてくれればいいものの、「おはよおおおお!!!!!!!」なんて叫び声に近いもので起こされた。
飛び起きることなんて、嵐に巻き込まれて船が大揺れしたとき以来だろうか。いや、あれよりもっと驚いて、文字通り’飛んだ’気がする。
「明日から仕事に復帰することになりました」
「大丈夫なのか、それで?」
「ええ、熱はもう引いてますし、船長もそれでOK出したので。ただ今日の分のシフトは組んであったので、他の方に出てもらいますけど」
「今夜はアサとサイが一緒に働いてるはずだ。まあケンがいなくても厨房はまわるだろ」
綺麗に整えられたベッドにニールが腰を掛けた。グイっと差し出されたマグカップを受け取るとコーヒーの香りが鼻をくすぐる。
「ミルクは入れない派なのですが」
「ああ、そうだったか?いつからだ?」
「ずっとです。コーヒーはブラック。紅茶はミルクと砂糖1つです」
向き合うように椅子を動かし座ると苦笑いをした金髪がこちらを見つめた。
「で?」
「はい……」
かしこまるような間柄でもないのに、両手を膝に置き背筋を伸ばした。
ニールとは、何年も何年も同じ船で働いていて、一番近い存在だと言ってもいいくらいだ。「友達」なのかもしれない。お互いどう認識しているかは分からない。「兄弟」なのかもしれないし、単なる「仕事仲間」だ、と言われれば、そうですね、としか返せない気がする。
名前は付けられないが、彼は私が唯一心を許せる人間の一人なのだ。だから、今、私はここにいて、自分の悩みを打ち明けようとしているわけで……
「あの……トラウマの話を聞いてくれませんか」
「トラウマ?」
不思議そうにこちらを見つめる視線がぐさぐさと刺さるような気がした。自分の過去を語るのは苦手だ。辛いものならなおさら。
「看病のことを言ってるのか?お前、ケンの看病中おかしかったもんな」
「あれでも、落ち着こうと努力したほうなのですが」
「いつものお前が落ち着きすぎてるからな。余計目立ったんだ」
「そうですか……」
続けろ、と顎で促され好みでないカフェオレを口にする。
話しづらいことがあると、人間は何とかしてそれを遅らせようとする癖がある。私も例外でなく、マグカップを見つめ、足元を見つめて、襟を直して、髪を整えてみたりした。
それでも、一生そうしているわけにはいかない。
「これは船で働き出す前の話なのですが」
話始めれば、すらすらと言葉が紡がれていった。
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