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第122話 ショーンとクッキー
「話したらもっとすっきりすると思ったんですが」
「ふてぶてしいなお前は。ほら、もっと食えよ」
「いや、もう5枚も頂いたんで」
「アサが作ったクッキーが食えねえって言うのか?」
自分にとって一番近い存在にトラウマを打ち明けても、簡単に解放されるほど人生楽にできているわけではないらしい。それでも、ニールと共有できただけで少しは気分が軽くなったのだろうか。
今はまだ分からない。先ほどまであの時を思い出していたのだ。再度経験したような痛みと精神的な疲れが波のように押し寄せていた。
「トラウマなんだろ?俺に話しただけでなくなるもんじゃねえよ。これから段々と自分を許していって、薄れていくようなもんだ」
「情けないですよね」
「んなことないだろ。いつも冷静なお前の違った面が見れて俺もケンも船長も楽しかったぞ」
「楽しまれても困るんですが……」
声をあげて笑い出したニールを軽くにらむと、6枚目のクッキーが差し出された。
「友達だろ、俺らは。情けない顔でも見せていい間柄じゃねーか」
「友達……」
「は?!友達だと思ってたの俺だけなのか?!」
椅子が大きな音を立てて床を擦り、クッキーが入っていた缶が机に置かれた。
必死な表情のニールを見つめると腹の底から笑いが込み上げてくる。
「そんな顔をされなくても!」
「いや、ショックだろ。何年お前の友達だと思ってたと思うんだよ。んだよ、俺だけの片思いかよ」
「片思いって。笑いすぎて涙がっ。ふふ」
こんなに笑ったのは久しぶりだ。
トラウマを思い出し涙を流した後に、笑い涙を流すことになるとは思ってもみなかった。
この人は迷いもなく私を「友達」と呼んだ。
その濁りない真っすぐさがニールの長所だ。
だから、私の友人なのだ。そう呼んだことなど一度もなかったけれど、だいぶ前から私たちは友人だったのだろう。この人のことを私はほとんど知らないのだが。
「これからも友人ということでよろしくお願いします」
「改まってそう言われると照れるな」
「ガラにもないですね」
「人間って一人じゃ生きられないんだよ」と言ったケンの声を思い出した。私も例外ではない。どんなに無理をしていても1人では弱い。それなら、友人や周りの人間の力を借りて生きていくしかない。
辛い思い出は無理をしても忘れられないものだ。新しい思い出で塗り替えていけばいいんだろう。
この船のように、何をしようと前にしか進めないのだから。
過去を振り返ることが出来ても、過去には戻れない。
前に進むのみだ。
「関係ない話ですが、サイがあなたについて聞いてきましたよ?」
「あ?!何を聞いてきたんだ?」
「いや、結局何も質問してこなかったんですけど、あなたについて知りたそうにしていました」
「はぁ……あいつのせいでアサを泣かせちゃったんだよ……嫌な予感しかしねーな」
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