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第124話 船長と奥さんの話
「珍しいね、あれを他の人に貸し出すなんて」
「おっ、ミリ、何やってんだこんなとこで」
「今ちょうど当直が終わったんだ。これから部屋に戻るとこ」
突然現れた恋人が嬉しそうにほほ笑む。後ろで束ねられた金色の髪は今日も触り心地がよさそうだ。俺好みに伸ばし始めたミリの髪は、もう少しで腰にたどり着きそうなほど伸びていた。
「俺も見回りが終わったら部屋に戻る。あの望遠鏡な、貸してやっても大丈夫だったか?」
「セブの物でしょ?貸したいなら貸していいんだよ」
「ケンはともかく、アサが一緒なら壊さないだろ」
「ふふ、ケンだけだと海に落としちゃうかもね」
怖いこと言うなよ、と睨んだ俺の手を遠慮がちに掴んだミリが、緑色の瞳を細めてこちらを見つめた。外は晴天らしい。窓の外は上も下も青く輝いている。
見飽きた風景か、と言われればそうなのかもしれない。いや、飽きたというよりは「見慣れた」と言うべきか。これで空も海も黒いと問題なんだ。
青しか見えないってことは、文句の言いどころがないくらい順調に船を勧められる環境だ。
「後2時間残ってるんでしょ、セブ?」
「残りはニールに任せるさ」
「職権乱用じゃない?船長さんなんだから、しっかり働かなきゃ」
「俺の奥さんは厳しいなあ」
ミリは”奥さん”と呼ばれると黙る傾向にある。これはごく最近気づいたことだ。もう何年一緒にいると思っているんだか。そろそろ慣れてもいい頃だろう。
男同士で結婚できない不便な現状であるが、紙切れ一つで婚姻が結べるなら、そんなものはなくとも一生の愛は誓えるはずだ。だからミリは俺の”奥さん”であって、俺を”船長”と呼ばないたった1人の人間だ。
木綿のシャツを着た体が恥ずかしそうに揺れる。顔を見なくても俺には分かる。今ミリの頬は真っ赤に染まっているはずだ。これで押しすぎると「もう知らない」って言って逃げてくんだよな。毎回やりすぎて口をきいてもらえないなんてこともあるから、今日はこれまでにしておくか。
「ミーリー?」
「奥さんって呼ばないでって言ってるのに!」
「嫌なのか?なんだよ、寂しいじゃねえか。こんなにミリのこと大切にしてんのにな」
「い、嫌じゃないけど!恥ずかしいからやめてって」
年を重ねても綺麗な人間っているんだな、と自分の恋人を見つめて再確認する。出会った頃から美しかった。色白だった肌は船生活で幾分日焼けをしたが、それでも触ると滑らかで、下に進むと折れそうに細い腰と柔らかい尻が……おっと、本格的に仕事に戻る気分じゃなくなってきたな。
「なあ、ミリ。ちゃんと残りの2時間も働くから褒美をくれないか」
「ごほうび?あげられるようなものあるかな。チョコはほとんど食べちゃったし。次の寄港まで、」
「お前だよ。お前が褒美だ」
「ん?」
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