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第125話 アサと望遠鏡

「ケン、ココ?」 「うんうん、この辺がいいね!えーっと島はどっちだ?」  甲板に出たら気持ちよい風が吹いていた。潮の匂いもこの船に迷い込んだ当初は慣れなくて気分が悪くなっていた記憶がある。波に合わせてゆらゆら船が揺れるのも、今となっては慣れたもんだ。  風が吹くたびに、肩まで伸びた僕の髪が首筋を擽る。ニールにもらったバレッタは今日も僕の後頭部で髪を一つにまとめていた。  ケンの顔色はここ数日に比べて良い方だ。本人がもう大丈夫だと言っていたから、風邪は治ったのだろう。明日から仕事に戻るらしいし、甲板に出てせっかく治ったのにまた具合が悪くなったらどうするんだろう。 「あった!アサ!遠くにある島見える?」 「シマ……?」 「そう!ほら、あ、そうだ!この望遠鏡使うともっと近くに見えるんだよ!」 「ボーエンキョ?コレ?」  船長がケンに渡した筒にはガラスがついていた。これで何をするか、僕には分からない。目の前のケンは手すりに両腕を置いてボーエンキョを右目に添えている。筒をねじりながら、歓喜の声をあげているけど、何が起きているんだろう。 「ケン?」 「アサ!ほら、こっち来て、ここに手をついて。うん、そうそう、でこれを目につけて」 「メ、コレ?」 「そそ。遠く、見える?それで、これをこうやって調節するとぉぉぉぉ!」  なにこれ。  遠くにぼやけて見えていた島が、この筒を通すとはっきりと見えてくる。それにそれだけじゃなくて、もっと近くにあるように見えるから不思議だ。目をボーエンキョから外して肉眼で遠くを確認し、また目に宛がう、を繰り返してみる。 「アサは望遠鏡使うの初めて?」 「ハジメ、テ。スゴイ」 「でしょーーーー?!海に囲まれてるとこれ使っても面白味半分だけどね!どうせ海なんて遠くても近くても海だしー!でも島とか陸の近く通るときは望遠鏡使うと楽しいんだよぉ!」 「ウ…?」  嬉しそうに喋りだしたケンが言ったことは全く分からなかった。いつもはゆっくり話してくれるのに、たまに大興奮して話す速度が倍増するんだ。そうなると僕はもう、見つめてるしかなくて…… 「分からなかった?」 「ワカラ、ナイ。ケン、ハヤイ」 「あああっ!アサ、ごめんっっ!」  謝罪の言葉を口にするとケンは僕に抱き着いた。その拍子にボーエンキョが僕の手を離れた。しまった、と背筋に冷や汗が流れ慌てたのも一瞬。甲板の床に落ちた衝撃で鈍い音が響いた。そしてそれから2秒くらい、ケンも僕も音を立てなかった。波が船に打ち付けられる音と、帆柱の軋む音だけが聞こえた。 「……ッ」 「あちゃー」  抱き着いたままのケンも、まずいと思ったのか動けないままでいる。とりあえず拾わなきゃ、っと背中にまとわりついた腕を外し僕は床にかがんだ。 「おいっ!ケン!てめー何やってんだ!」 「ぼ、ぼく?!」  タイミングよく現れたのは鬼の形相をした船長だった。    

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