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プロローグ
窓のない、中世を思わせるような煉瓦の壁に囲まれた部屋。
その壁に数ヶ所ある燭台の控えめな光が、常に夜だと錯覚させてくれそうな環境だ。
部屋の中央には、その半分の面積を占めるキングサイズのベッドがあり、眠っていた一人の男が、何か気配を察知したように目を覚ました。
開かれたその目は金色に近い薄茶で、肩より少し下の位置まで垂らされた髪はプラチナブロンドだ。
起こされた上半身は裸だった。
薄闇の中、その男の年齢は三十代半ばくらいに見える。
扉がノックされ、そこに青年が一人が入ってきた。
漆黒の艶やかな髪は腰近くまであり、それを後ろで一つに纏めている。
妖艶な美しい顔立ちが、一見、女性なのかと思わせるような容姿をしているが、シルクのシャツの胸に膨らみはなく、そのシルエットが男性なのだと再認識させてくれる。
そんな彼は二十代半ばといったところだろう。
「お呼びですか?カイザー様。…遅れて申し訳ありません。」
黒髪の彼は、少しだけベッドの傍へ近付き、微笑みを見せた。
「呼ばれなくても、毎日顔を出して貰いたいものだな。」
カイザーと呼ばれた男は、少し不貞腐れたような顔をしてみせた。
「あなたの為に忙しくしてるんですよ。」
そう言われて、カイザーは不本意だという顔をした。
「まだ探しているのか?」
「ええ。」
黒髪の彼は頷いた後、少し迷ってから言葉を続けた。
「実はもう…見つかったんですよ。僕の代わりになってくれそうな子が…。」
カイザーはそれを聞いて、両方の拳を布団の上で握りしめた。
「お前の代わりなど考えられないと、前から言っているだろう!…エンジュ、あれの管理は今後、どうするつもりなのだ!?」
声を荒げられ、エンジュと呼ばれた彼は、憂いを秘めた瞳で再度、微笑んだ。
「あなたなら、悪いようにしないでしょう?」
暫くの間の後、カイザーはゆっくりと息を吐き出した。
「その子は…お前に似ているのか?」
カイザーが手を伸ばしたので、エンジュはベッドに座り、更にカイザーの傍へ近付いた。
「どうでしょう?松城 さんが見つけてくれたのですけどね。でも、多分、気に入って下さるかと…。」
「それは会ってから見定める!」
カイザーの手が、エンジュの胸元を這い、辿り着いた先のシャツのボタンを外していく。
「そうですね。…でも、まだあの子は幼いので、ここへ連れて来るのは、あと数年、待って頂かなければなりません。」
「数年…?」
「あなたにとっては刹那でしょう?だから、早めにご報告を…。」
エンジュの上半身が露になった。少年と青年の境目のような、線の細い、無駄のない体付きをしている。
「私に覚悟しろという事なのだな?」
カイザーがエンジュを引き寄せ、耳元に囁きかける。
「覚悟だなんて…。ただ、準備は必要でしょう?」
カイザーはエンジュの首筋を、芳しい花の香でも嗅ぐように堪能し、それから味を確かめるように舌を這わせた。
エンジュは目を閉じ、熱い息を洩らし始める。
「…そうか。」
今にも乱れそうなエンジュの頬に、カイザーは口付ける。
「…ならば、まだ暫くは、お前が此処へ来て、私の糧となってくれるのだな。」
いつの間に傷付けられたのか、エンジュの細い首筋から、赤い血が一筋流れ始めていた。
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