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「何で具合悪いのに来たんだよ」
それなのに、いざ会ってみたらこれだ。うちの前で乗り込んだ車の中で、俺は祐一郎に説教を食らっている。
別に風邪を引いたって訳じゃない。ただ調子が悪いだけだ。熱もないしだるくもない。むしろここ数日の中では調子がいい方だと思う。それでもこいつは俺がマスクつけてるってだけで色々詮索してきて、俺がいくらいつものやつだから大丈夫だと言っても聞かなかった。
内心マスクを外して来るんだったと後悔しつつ、祐一郎の長ったらしい説教を聞き流す。
「いつものやつじゃないだろ。ったく、お前は体弱いのに考えが甘いよ。もし無理して拗らせたらどうするのさ」
「だから、別に大したことないって言ってんじゃん。風邪ってほどでもないし。大袈裟すぎんだよ」
路肩での長々としょうもない言い合いが終わらずうんざりする。ちょっとラーメン食って帰るだけのことなのに、いつまでもパッコパッコと点滅し続けるハザードランプ。俺これ嫌いなのに。こんなしょうもない言い争いの最中にも、俺たちここにいるぞって自己主張が強すぎる。
「そもそも、今日だってフツーに学校行ってんだから。マジでなんともないんだよ。今朝から喉ちょっとイガイガするくらいで痛いってほどじゃないし、咳も鼻水もないから。熱も平熱。35.7℃」
しつこい祐一郎が面倒くさくてついつい問診みたいな返しをしてしまう。俺だって帰っていいなら帰りたいけど、そしたら後々絶対面倒なのだ。だから来てやったってのにこいつがあんまりしつこいからちょっと口調がきつくなって行く。
俺は人から体調のことを色々訊かれるのが嫌いだ。
今よりずっと体が弱かった頃、その日学校に行くかどうかひとつ取っても運次第だった。毎朝起きたらまず耳に体温計を突っ込まれて(俺があまりにしょっちゅう熱を測るせいで、ベッドサイドに子供用のスピード体温計が専用に常備されていた)、ピッと鳴って、少しでも微熱があったら学校は休まされるのだ。うちの親が過保護って訳じゃなくて、そうしないと後々酷い目に遭うってことを経験から学んでいたのである。そういう日に無理して学校に行くと大抵夕方から熱を出し、深夜に急病センターに駆け込む羽目になるのだ。
俺のかかりつけは車で三十分も掛かる総合病院なので、小学校くらいの時は市内の急病センターの方にしょっちゅうお世話になっていた。深夜の病院代は高いし、何より待合や車の中で父さん達が眠そうに目を擦っていたのが俺は嫌で、あの頃のことは正直今でもあんまり思い出したくない。黒歴史ってやつだと思う。
熱はないか、だるくはないか、他に苦しい所はないか? 体調のことをあれこれ訊かれてると、その時のことを思い出すのだ。何するにも「体と相談」して、結局何もできなくて、しょっちゅう親に迷惑かけてた頃の俺のこと、突きつけられてる感じがする。だから我儘だっていうのは分かってるけど色々言われるのは嫌だった。
こいつに多分悪気はないんだろうけど、できれば放っといて欲しい。俺だってほんとにダメな時はダメだって言う。そうしないと後でもっと大迷惑になるって、経験で分かってるから。
「俊……」
俺が珍しく反抗的なので、祐一郎は一瞬面食らったようだ。そして俺をまじまじ見下ろしてため息を吐き、後部座席に身を乗り出す。そしていつものブランケットを俺の膝に乗せた。
「……着くまでそれ掛けてること。寝ててもいいから」
それが妥協点だとでも言うように告げ、祐一郎はシフトレバーに手を掛ける。
寝ててもいいって、ラーメン屋までは車でほんの十分かそこらだ。目を閉じてるうちにあっという間に着いてしまうだろう。
だけど自分勝手で自信家な祐一郎が珍しく俺の意見を認めたことは確かで、文句は言わないでおくことにした。
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