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9話「弱い大人」

「く、ぐい……おれ……もう我慢できないよぉ」 「――――っ、母さん!!!」  鵠(くぐい)に両手首をつかまれ、ベッドの上にぬいとめられた。  手首から伝わる風呂上りの熱。濡れた髪先からポタポタと落ちる水滴。上気した頬。  どれもが俺の性欲を上昇させた。 「ひどいよ、僕は必死で耐えてたのにっ……! 前みたいに襲わないように母さんのこと避けて……それでも辛くて、我慢できなくて、ここでずっとオナニーして気を紛らわせてた。ねぇ、今までどおりでいようって言ったのは、母さんの方だよね?」 「……ごめん」  息子を見上げると、抑えきれない本能を、わずかな理性で耐え忍んでいるようにみえた。  ギリギリと歯を食いしばり、苦しそうに眉間に皺を寄せている。  俺はただ謝るしかできなかった。 「お前は何も悪くない。だから、頼む。こんな惨めな母さんを抱いてくれ」 「――――っ!」  俺の言葉が起爆剤になったのか、鵠が獣のように貪りついてきた。  じんわりと熱い息子の体温を肌で感じながら、俺は身をゆだねた。 「ンンッ……んむっ」  何度も繰り返されるディープキス。  互いの唾液で口内はベチャベチャ。もはや喰われているんじゃないかって思える。  突然口を離したかと思うと、ズルン、とズボンと下着をはぎ取られる。  鵠が俺の尻の孔を凝視し―――――― 「っひゃ……ああっ!」  生温かい、濡れた物体が孔に侵入した。  それはすぼまった入口を少しづつ押し広げ、俺の秘部を開拓していく。  その正体は息子の『舌』だった。 「ンン、や、めて……汚い、だろぉ……」  抗議はするが抵抗はしない。これは同意の上のセックスだから。鵠もそれを分かっているからやめなかった。  クチュクチュと卑猥な水音を発しながら、とろけきった後孔は、まるで事後だ。 「――――――ここ、パクパク収縮してる。僕のを欲しがってるみたいだね。もう、挿れるね」 「んっ……んあ……あ、あ―――――」  何回かも忘れてしまった、ここに息子を受け入れるのは。  稲妻のような脳天を揺さぶる衝撃、全身からアドレナリンを出す感覚。  鵠でしか味わえない、快楽だ。  隣の部屋からはシャワーの音が聞こえる。夫の鷲がいる。  まさかパートナーが、息子の部屋で、息子とセックスしているなんて、夢にも思わないだろう。  ――――俺は何て汚くて卑しいんだ。 「っ、ふ――――ううぅっ!!!」  突かれる度に声を発しそうになって、自分の手首をグッと噛んだ。  それを見た鵠は嫌そうに眉をひそめた。 「母さん、傷になっちゃうから、やめて」 「っでも……こうでもしねぇと、鷲にバレる」 「いいじゃん、バレても。もういっそのこと全部さらしちゃおうよ、父さんに」  鵠が間髪入れずに言ったので、俺は驚いて目を見開いた。 「本気で言ってんのか? そんなことしたら、今までみたいな日常は送れない。幸せな家族に戻れないんだぞ!?」 「じゃあ質問するけど、母さんは今幸せ?」 「え――――――」 「父さんに隠し事をして、後ろめたい気持ちを抱えながら息子とセックスして、次の日にはいつも通りの母親を演じる。それが母さんの望む幸せなの?」  それ以上答えられず、俺は真剣な眼差しで、言葉で、訴える息子から目を逸らした。 「今までどおりの家族でいられないことは分かっている。だから、父さんに認めてもらえるよう努力するよ。愛の形は違うけど、父さんのことは大好きだし尊敬してる。今は納得してもらえなくても、僕たちには強い絆がある。少しずつ、これから新しい家族の形を築いていこうよ」  「ねぇ、母さん」と訴える表情は、若者らしい根拠のない自信に満ちあふれていた。  鵠の言う通りだ。このままこの関係を隠していけるはずがない。だからといって誰かがこの家族の輪から抜けるなんてありえない。俺たちにとって鷲はなくてはならない存在だし、鷲も同じ気持ちだと思う。  でも―――――――今、カミングアウトすれば、確実に鷲は壊れる。あのトラウマを甦らせてしまう。  鵠の頭を撫でながら、振り絞るように言った。  期待に満ちた息子の顔が次の言葉でみるみる色を失っていった。 「ごめんな、鵠。お前が思っているより、俺も鷲も弱いんだ」  ああ、カッコ悪いったらありゃしない。息子にこんな悲しい顔させるなんて。  ――――その後は、自分で扱きながら早めに射精した。もちろん、声を抑えるためにベッドのシーツを口に咥えて。  そしてシャワーから出た後の鷲に、いつも通りの妻の顔を向ける。何事もなかったかのように。  鵠は……あれからさらに俺を避けるようになった。  思いつめたような顔だから心配にはなった。だけど時が解決してくれるのを待つしかない。  もう少し、あと少し。  鷲の担当しているΩの事件が一段落すれば、三人でちゃんと話し合う。その時に俺たちの抱えるトラウマを鵠に話す。  もう少し、あと少し。 ――――そして、そのタイミングは最悪な形で、訪れる。

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