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ガス街灯の淡い光が照らす石橋は、地響きが断続的に身体の芯を貫いてくる。
その発端となるのは、僅かな隙間を行き交う馬車と黒光りする四輪駆動車。
さらにその隙間を縫うようにして芳岡 遼祐 は文明開化の波が押し寄せる街を抜け、開放の場所へと足を向けていた。
排気ガスのおかげか、忌まわしいニオイは隠されているようだった。英国紳士風な男性が横をすれ違うも、振り返ることもせずに通り過ぎていく。
微熱を放つこの身体は、一週間の地獄への前兆。着物の隙間から入り込む春の風は、少しだけその熱を和らげてくれる。
遼祐が生まれて二十年目の春。そして終焉の春となる。
紳士淑女の行き交う街路を抜け、すでに人気を失った海辺へと遼祐は辿り着く。
静かな波音に交じるように、並んだ貿易船が軋む音が聞こえた。
その中には見かけない巨大な貿易船も混じっているが、海外からの輸入もある昨今はそう珍しい光景ではない。
それに芳岡家には、優秀なアルファの兄がいる。今にも海外に負けないぐらいの船を作ることが出来るはずだった。
その為に遼祐は、貿易商の資産家でもある天堂家へと輿入れしていた。
全ては芳岡家の更なる繁栄と、一層の確固たる地位を得るため――オメガの遼祐が出来る唯一のことは、こちらに優位となる家柄との縁を繋ぐこと。
そして家督 となる嫡男 と番 となり、アルファの子を生むことだけなのだ。
発情期になれば、オメガという性は穀潰しにも等しい性となる。
一週間の発情期間には、部屋に篭って体の奥から煮え滾るような劣情に悶え苦しむこととなる。
一歩外に出れば、体から発せられるニオイに釣られたアルファ達に襲われる可能性があった為、家どころか部屋から出るのさえ憚られていた。にもかかわらず、薬どころか、これといった対処法が分からずじまいだった。
第二の性の調べ方すら確立されついない日本では、十歳を超えて発情期を迎えるか迎えないか。又は幼くして秀才の頭角をあらわすかで判断するしかない。
遼祐は両親の願い虚しく、十歳を超えたあたりで発情期が始まった。
父は母を詰り、母は泣いて謝罪した。これまで優しかった兄は、手のひら返しのように見下した態度で接するようになった。
この時から遼祐の運命は決まったも同然だった。
この国でのオメガはアルファに嫁ぐか、絶望に嘆き自害する者が多くを占めていた。
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