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遼祐の嫁ぎ先が決まった時には、これでやっと役に立てると酷く安堵した。
これでアルファの子を宿すことができれば、風当たりが一気に変わることとなる。少しばかしの希望が芽生えたように思えた。
しかし、その一縷の希望すらも番になるはずの天堂家の嫡男、光隆の腹づもりによって脆く砕け散った。
光隆は番はおろか、使用人に遼祐の発情期を狙って襲わせようとしていたのだ。
発情期に同衾すれば、妊娠する確率が格段に上がる。そこで遼祐を孕ませ、不貞を働いたとして実家に苦情を申し立てようという算段のようだった。
ベータの使用人が「主人の酔狂も困ったものだ」と言って話している姿を、遼祐はたまたま書庫に本を取りに行った際に耳にしたのだ。
婚約から三ヶ月。番はおろか、床すら共にしていない。
光隆は最初から自分を好ましくは、思っていないようだった。それどころか自分だけではなく、芳岡家まで陥れようとしていたのだ。
遼祐は憤りと絶望に拳を握りしめ、青ざめた唇を噛む。
最善と思われる行動はただ一つ。
自分が無罪を訴えても、オメガ故に立場は悪くなるだけだ。それならば、子をなせないことを悔やんで、自害した哀れなオメガという汚名のほうがまだ収集がつきそうだった。
不貞の子と共に、どう生きていけば良いかも分からず、追い出されて行く宛もなく彷徨うよりはよっぽど良い。
遼祐は芳岡家の作ったであろう鉄船から視線を逸し、船着場から立ち去った。
岩の連なる箇所を覚束ない足取りで超えていく。
沈みつつある夕日が、光をまき散らすようにして水面を照らしていた。眩しさに目を細めれば、眦から涙が零れ落ちた。潮の香りが妙に濃く香る。
息を切らして岩場を抜けると、少し開けた砂場へと出る。
背後に聳え立つ断崖絶壁。そこから飛び込むことも考えたが、臆病風が顔を出して結局は無理だった。
履物を脱ぎ揃え、その横に懐から取り出した手紙を並べ置く。強い風に飛ばされぬようにと、手近にあった石をその上に乗せた。
紺色の正絹着物は嫁入り道具として、母が新調してくれたものだった。これを冥土の土産に持っていくことにして、脱ぐことはしなかった。
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