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 オメガの母は、自分をオメガとして生んでしまったことを酷く悔いていた。  それでも嫁ぎ先も決まり、母は少しは安堵したことだろう。それを自分が不甲斐ないせいで、こういう末路となってしまうのが悔やまれた。  せめても自分の遺骸がこの付近で漂着することなく、遠く遠くに運んでくれることを願うばかりだ。  遼祐はゆっくりと引き寄せる波に足をつける。ひんやりとした海水が、足元から体温を吸い込むように奪っていく。死への恐怖なのか、寒さからなのか全身が震えだす。  遼祐は奥歯を噛み締めて、腹に力を入れると地平線に向けて歩みを進める。 「日本男児は着物のまま、海水浴するのか?」  波音に混じった低い男の声に、遼祐は驚いて振り返る。  砂場にぽつりと立ち尽くす巨大な影。ガッチリした体躯を包み込むような金の装飾がなされた華美な黒の軍服。  ただ、その顔は人間ではなく狼だった。鋭い目元は夕日によってギラリと光らせ、遼祐をジッと捉えていた。  前に突き出た鼻先。口元から覗く鋭い牙。顔や衣服から出た手は、黒と茶色の毛で覆われ風に靡いている。  初めて見る獣人の姿だった。  噂には聞いていたが、目にするのは初めてのこと。恐れから遼祐の体は硬直していた。 「日本は他の国に比べて、実に排他的だな。この国では獣人が珍しいらしい」  軍服のズボンが濡れるのも構わずに、ずんずんと海に入るなり、こちらに近づいてくる。  ハッとして遼祐は逃げようと、足を後ろに動かす。途端に強い波に飲まれ、足を取られてしまう。  あっ、と思った時には暴れる海水が視界を覆う。息が苦しく、全身が思うように動かない。 ――死にたくない。怖い。  さっきまで死ぬ予定だったはずが、気付けば必死で藻搔いていた。  死を前にして恐れが勝る。ゴボゴボと水中を漂う呼気の泡。その中に黒い毛の塊が見えたかと思うと、勢いよく体が浮上した。  水面に顔が出るなり、遼祐は激しく咳き込んだ。 「この国は泳げなくとも、海に入るべしとでもお達しがあるのか?」  すぐ間近で聞こえてくる低音に、遼祐は恐る恐る顔を上げた。間近に迫った獣人の姿に、体がガタガタと震えだす。 「度胸だめしだか知らないが、これに懲りたなら頓珍漢なことは止めるんだな」  獣人はそう言って震える遼祐の肩を抱き、波に逆らうようにして岸まで運んだ。

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