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微熱を出したかのような忌まわしい身体。光隆の卑下た眼差し。兄や父の落胆と侮蔑の混じった表情。母の泣き腫らした赤い瞳。
自分の人生は十歳で終わってしまったのだ。
震える手で薬を口に含み、水で押し流す。喉元を過ぎていく錠剤が生々しく感じられた。
目を閉じて身体の異変に神経を集中させる。冷や汗が頬を伝うのを感じた。
遠くの方からボーン、ボーンと時計が十二回音を打つ。
待てど暮らせど、一向に苦しみは訪れない。それどころか熱が冷めていくかのように、身体が平常時に戻っていくようだった。
遼祐はきつく閉じていた目を開けると、頬に手を当てる。汗で頬はひんやりと冷たい。
今度は首元に手を当ててみる。やはり冷たい。
しばらくじっと手を当て続けるも、人肌程度の温もりで発情期特有の熱はないようだった。
ルアンの言った通り、抑制剤は存在したのだ。遼祐は身をもってそれを体験した。これが日本でも流通されれば、オメガが虐げられる世の中を変えられるかもしれない。
身の内から湧き上がる高揚感に、薄っすらと遼祐の目に涙の膜が張る。
幸か不幸か天堂家は貿易を生業にしている。
日本の多くのオメガたちが、この薬を待ち望んでいるはずで、きっと飛ぶように売れるだろう。天堂家が着手すればきっと、膨大な利益になるはずだ。
利益を考えれば、光隆も首を縦に振るはずだ。もしかすると自分への態度も、軟化するかもしれない。
明日にでも光隆に話すべきか迷ったが、きっと取り合ってくれないだろう。それに取引先を決めるのはルアンでもある。
勝手に話を進めて、別の取引先が既に決まっていたとなれば、時間の無駄だったと光隆は激高するだろう。
逸る気持ちを押さえ、遼祐は寝台に横たわる。発情期前になると、不安と怖れでまともに睡眠が取れずにいた。
でも今は違う。
目尻に溜まった涙が流れ出す。
遠くの方から再び低音の鐘を打つ音が、一つ耳に届いた。
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