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少し起床が遅れたせいか、光隆はとっくに屋敷を出ているようだった。
見送りが出来なかったことを後ろめたく思ったが、ずらりと並んだ使用人の中に自分の姿があろうとなかろうと、光隆にはどうでもいいことだろう。
遼祐が遅い朝食を取っていると、ベータの使用人がどこか躊躇いがちに近寄づいてきた。
「遼祐様。恐れ入りますが、お加減のほどはよろしいのでしょうか?」
笑みを顔に貼り付けてはいるが、明らかに動揺していた。
昨日まで特有のニオイを発していたこともあって、発情期が近いことは周知の事実。悪化することはあっても、よくなることはないのだから訝しく思うのは当然だった。
「大丈夫。ありがとう」
それ以上のことは言わずに、外に出てくると言って遼祐は席を立つ。
使用人は戸惑うような表情を浮かべるも、それ以上は何も言ってこなかった。
遼祐が貿易船が停泊している港に着くと、荷降ろしする人や積み込みする船でごった返していた。人々が忙しなく動き回っている中を遼祐は目を凝らす。
天堂家に輿入れしたとはいえ、オメガがいるのは足手まといなだけだという理由から、業務には携わらせてもらえていなかった。
オメガでも働いている者がいるのに、自分にはその権限すら与えてもらえない。居心地の悪さや惨めさばかりが増していく日々だった。
遼祐は周囲に視線を走らせ、ルアンの姿を探す。目立つ容姿のルアンを見落とすはずもなく、しばらく見渡していたが見つからなかった。
まだ取引先が決まらずに、荷降ろしするまでに至っていないのだろう。だったら夕方にならないと戻ってこないかもしれない。
仕方なく遼祐は夕方まで時間を潰そうと、賑やかな店が立ち並ぶ街に足を向けた。
始まってもおかしくない発情期の症状が全く感じられず、なんだか不思議な心持ちになる。
和洋折衷入り混じる服装で行き交う人の群れを、この時期になんの気兼ねなく歩けるだなんて夢のようだった。
本当だったら今頃、全身を襲う劣情を自分で慰めて更に惨めになっていたはずだ。
終わりの見えない地獄を部屋の中で味わっていたと思うと、今の状況はまさに天国だった。
そこでふと、お礼の品を用意した方が良いのではと思い至る。大事な商売道具を見ず知らずの自分に分け与えてくれたのだ。それに非礼を詫びたいという気持ちもあった。
何にするべきか悩み、ふらふらと店を冷やかし歩く。
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