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 ふと、懐かしい和菓子屋を見つけて足を止める。  そこは大福を専門に商っていて、小さい頃から遼祐はここの大福が好きだった。獣人の口に合うか分からないが、ここの大福は日本一だと遼祐は自負している。  店に入ると数人の女性が、並んで待っているようだった。気後れしたが、他に妙案も浮かばずに遼祐は列の後ろにつく。 「ねぇ、最近このあたりで狼人間が歩いているの知ってる?」  前にいる若い女の言葉に、遼祐は思わず耳を傾ける。隣にいる同じ年くらいの女性が「いやだわ。怖い」と言って、大げさに顔を顰めた。 「何されるか分からないから不安だわ。お母様にもあまり出歩かないようにって、言われてしまったもの」 「あら、そうなの。早く出て行ってくれないかしら。怖くて堪らないわね」  彼女たちの会話からルアンのことだろうと思い至る。彼はそんな怖い者じゃない。憤りが芽生えるも、奥歯を噛み締めて耐える。  それに自分も最初は怯えていた。自分たちと容姿が違うだけで、恐ろしき者という目で見ていたのだ。彼女たちを非難する権利など自分にはない。  自分と同じような謂れもない差別を受けているのだと知り、遼祐は同情しなかったことを酷く恥じた。  大福が入った包みを手に海岸に行くと、昼間とは違い荷下ろししている船は少ない。人の姿もまばらで、暗くなる前には撤収するだろう。  昨日も見た立派な貿易船が、まだそこにあり遼祐は近づいた。木造の船から鉄に変わったばかりの日本とは違い、その船は銅製だった。  日本ではまだ珍しく、遼祐は気づけば小説に出てくる探偵さながらに、船を隅々まで観察していく。  船底は赤く、上部は黒い板で覆われている。大きさも日本の船に比べて一回り以上大きい。  もし自分がオメガじゃなければ、海外の船を足がかりに、より快適で丈夫な船を造っていたかもしれない。 「リョウスケじゃないか」  驚いて振り返ると、ルアンと仲間と思われる獣人がその後ろにいた。ルアンよりも畏まった様子から、執事か補佐かもしれない。 「それは俺たちの船だ。興味あるのか?」 「すみません。銅製の船なんて、あまり目にすることがなかったので、つい……」  弁解すると遼祐は、船から距離を取る。 「船が好きなのか?」 「はい。僕の実家は造船業を営んでいるので、小さい頃から」 「跡を継ごうとは思わなかったのか?」  隣に並んで立ったルアンに、遼祐はとんでもないと首を横に振った。

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