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 天堂家に輿入れした時点で、自分は光隆の元でずっと蔑ろにされ続けるのだと――それが今は自由の身として、解き放たれようとしているのだ。そのことが信じられなかった。 「飼われている鳥が、鳥かごの中で一生過ごすみたいに……僕もその鳥のように、空を羨望して一生を終えると思っていたのです」  飼われていれば餌は貰える。寝床にも困らない。そこからでなければ危険も無い。だがそれは、自由と引き換えの安息だ。 「そんな僕を変えてくれたのが貴方です。僕に自由を与えてくれたのも……」 「後はお前の好きに生きると良い。後数日で此処を発たなければならない。日本に残るでもかまわない。俺たちは番になったのだ。離れていても、この絆は消えないからな」  そう言って、ルアンは立ち上がると遼祐の隣に腰を下ろす。首の後ろを撫でられ、遼祐はその腕をそっと撫でた。 「僕は貴方と共に生きたい。僕の夢でもある船乗りになって、世界を回りたい」 「後悔しないか? 帰ってくるのは何年先になるか分からないんだぞ?」  ルアンの念を押すような口調に、遼祐は笑顔で頷いた。 「僕は世界に出て立派な人間となり、オメガだろうと関係ないことを父に証明したいのです。それに……貴方の傍にいたい」  そう言ってルアンの胸に顔を埋める。 「リョウスケがそれを望むなら、俺は叶えてやるまでだ。安心しろ。何かあってもお前を必ず守る」  そう言って優しく頭を撫でられる。大きな手が、かつて幼い頃に撫でてくれた父の手を彷彿とさせた。  日本を発つ最終日の夜は、ルアンと出会った頃と同じ満天の星々が輝いていた。  日本の夜空とはこれでお別れだ。それでも不思議と寂しい心持ちはしなかった。  十歳にして全てを諦めざる終えなくなった自分が、これからは世界へと足を向けることが出来るのだ。高揚感に胸が弾んでいた。  両親には見せる顔はなく、代わりに今までの感謝と謝罪を書き記した手紙を残すに留めた。  いつか自分が世に恥じぬ人間になった時――その時に胸を張って、再会を果たそうと心に誓った。 「日本は良い国だった。特に大福は歴史的快挙と言っても過言ではないな。発つ前に大量に仕入れていこう」  隣に並んで空を眺めるルアンの瞳は、一等星より輝いていた。 「大福は日持ちしませんから。そんなにたくさん買っても、すぐに食べなきゃ駄目ですよ」 「そうなのか? じゃあ、どら焼きはどうだ」 「どら焼きも、カステラもそんなに日持ちしませんよ」  不服そうな表情で「だから日本人は気が短いんだ」と勝手にルアンは憤慨している。  見当違いの発言には訂正はせず、遼祐は頬を緩めて遠くの海を見つめる。  海面に浮かぶ煌びやかな瞬きは、地平線の向こうへと続く道を遠い彼方まで描いていたのだった。                                                                       了

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