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第1話

 平日か休日かでいえば、平日。  俺、篁 澪音(たかむら れお)は今日も今日とて残業していた。残業の内容は本日がリリース日だったアプリのバグ対応で、俺の働く会社STRAWBERRY CROWNでは企画から開発、メンテナンスやバグ処理までを正社のプログラマーが行っている。もちろん、他から持ち込まれた企画をリリースすることはあるし、テスターに徹するバイトも5人いる。だが、正直、正社が残業か持ち帰りでもしなければ間に合わないことが殆どだ。  会社はフレックスタイム制を採用しているので、朝はあまり早くないが、夜は遅いと午前を回ることも多く、以前であれば、1人で作業し舌打ちしていた。そして、叔父でもある社長の王来王家 駿(おくおか しゅん)に文句を垂れ、破格の残業代を出させていた。  だが、以前であれば、だ。  今の俺にはこの18時半からの残業時間が何よりも愛すべき時間だった。 「すみませんね、今日も篁くんに手伝ってもらって……」  俺のパソコンしか点いていない、人気の全くないオフィスに室長の東江(あがりえ)さんの声が響いた。  東江匡一郎(きょういちろう)さん。  勿論、朝一の、髪型を整髪料でかっちりと固め、きっちりスーツを着こなした東江さんも素敵だ。  ただ、部屋で雇っている全てのバイトを帰し終え、残業時間に突入すると、首元のネクタイを少しだけ緩める。眉を弱々しく下げ、疲れた表情を俺の為に直し微笑まれると、色気が見え隠れしている。 「いえ、いつも美味しいケーキをご馳走になっていますし」  実のところ、甘いスイーツなんかはガキの頃から苦手なのだが、シンプルな苺のショートケーキか、フルーツケーキくらいは食べられる。  しかも、東江さんの差し入れてくれるケーキは『愛しの東江さんが差し入れてくれる』ということを差し引いても、甘さが抑えられていて、食べやすかった。 「篁くんは本当はお酒のおつまみ的なものが良いのかなって思うんですけどね」  たまに、小腹が好いた時に、アタリメやチータラなんかを齧っているからだろう。勿論、つまみを片手に仕事をするのは定時を迎えてからだけで、定時前はミネラルウォーターか栄養ドリンクくらいしか口にしない。 「いえ、つまみは知り合いに押しつけられているというか。バーをやっているんですけど、ちょっとしたイベントを毎回して、そこで残ったりするから職場で食べてるだけで」  ちなみに、その知り合いとはゲイバーのママで、そこの常連客とはフィーリングが合えば、大体寝た。勿論、今は東江さん一筋な為、暫くはご無沙汰だが。 「へぇ、今度、そのバーに行ってみたいですね。篁くんの行くバーって凄く興味あります」  東江さんは無邪気に言うと、最後までとっておいたショートケーキの苺をフォークで刺して、口の中へ入れる。無邪気なのは大いに可愛いが、あのゲイの巣窟に東江さんは連れていけないだろう。  というか、絶対に連れていきたくないし、絶対に連れていかない。 俺は固く誓うと「ええ、いつか」「その為にもこの納期、乗り切りましょう」とその話を終えた。 「そうですね。篁くんがいれば、今日中も乗り切れそうです」  東江さんに「頑張りましょう」と言われた俺は今日も今日とて東江さんのおかげで、乗り切れそうだった。

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