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第9話

「どう? 澪音に告った? それとも、告られた? まさか、振ったり、振られてないよね? 2人に会社を辞められると俺、困るんだけど」  言葉がまるで今日は飲むのはやめたスパークリングワインのように弾け飛び、私は「篁くんには告白はしていないし、告白もされていないよ」と告げる。 「えー、今日も人の甥っ子とあんな甘々な空気出しておいて? まさかとは思うけど、まだ、エリーのこと、引きづってるんじゃあ……」  エリー。本名、エリオット・ライト。  彼はかつて、大学生だった私とシェアハウスをしていて、大学を卒業した私と国際結婚もしていた配偶者でもある。 「まさか、エリオット……彼とは別れたんだ。今更、未練なんてない。それを言うなら君だって、瑠璃子(るりこ)さんはどうしたんだ? あれ、美紅(みく)さんだったか?」  私は王来王家の奥さんの名前を呼ぶ。同級生兼自身の働く会社の社長の奥さんの名前を覚えていない訳ではない。  王来王家は大学を卒業すると、1人の女性と結婚したのだが、気が多く、かつ女性好きの彼が1人の女性と一生を添い遂げられる訳がない。案の定、半年も経つと、奥さんの方から離婚を申し渡されてしてしまい、それから20年が経ったが、再婚、離婚を繰り返していた。 「いや、今の奥さんは翠梨(みどり)ちゃんだよ。どうせ離婚するなら、結婚なんてもう良いかなって思うんだけど、次の日に天使を見つけてしまえば、声をかけずにはいられなくよね。車も一緒さ。そんなに手にしても乗れないとは思うけど、つい運命を感じてしまう」  一般的に言われる、車と女性は新しい方が……という訳ではない。  クラシックカーから最新モデルまで。まだ甘いしか知らないような大学出たての子から酸いや苦いも知り、男を手玉にとれる熟女まで。心が気に入ってしまえば、際限なく欲しがる男。  それが王来王家という男だった。 「経営者として才がなかったら、詐欺師として名をはせていたかもね。君は」  私が嫌味を言えば、王来王家は「違いない」と笑う。  その笑う声が少しだけ篁くんと重なって、少し気持ちが揺らいでいく。  でも、それは大きく気持ちが揺らぐ前触れのようなものだった。 「でも、欲しいならすぐに手に入れなきゃ。人生なんてあっという間に終わることもあるんだから」  普段は綿埃のように軽く響く王来王家の声が鉛玉のようにズンっと重く響く。  私は「そうだね……」と返し、「肝に銘じておくよ」と返すのがやっとだった。王来王家との短い電話を切ると、私はフォークでケーキを食べ出す。  苺のショートケーキの苺は甘いクリームやスポンジ部分とバランスをとって、少し酸味があるものが多いが、いつもの苺より酸味を感じた。

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