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歌舞伎町の外れにある古い商店街、その中にある「外崎 商店」は創業50年以上の酒屋。今は26歳の若き3代目店主・外崎澪がその看板を守っている。
外崎商店は昔から平日の昼間に店先で角打ちをしており、近隣の住民、出勤前の歌舞伎町の蝶たちの憩いの場となっている。
「こんちわー」
「いらっしゃい、翔眞 ちゃん」
客を笑顔で出迎えるのは澪の母で外崎商店の女将・雅恵 だ。基本的に立ち飲みスタイルの角打ち、すでに呑み始めている常連たちがやってきた客に気がつくと「こっちで飲みな」などと言って席に案内したりする。
「しょーちゃん、今日は同伴?」
「んーんー、今日はのんびり出勤でーす」
「へー、最近全然同伴してねーじゃん。あ、チョウジさん、これ牛すじ煮込み」
店の奥から料理を持ってきて配膳するのは、店主の澪の弟・傑 だ。傑は昔から料理が好きで今では角打ちの食べ物メニューは傑に任されている。
「澪ぉ、ハイボール貰うぜー」
「…180円」
缶の飲料はそのまま商品棚(冷蔵庫)から持ってきてレジに鎮座する店員に会計をしてもらうシステムだ。常連客であり、澪の幼馴染のホスト・翔眞は慣れたようにいつものレモン風味のハイボール缶を取ってレジにいた澪に支払う。
「澪、また敬 の実験台?」
「ん…」
澪の髪型は昨日の黒髪マッシュと違っていて、アッシュグレーのスパイラルパーマーツーブロックになっていた。
澪のもうひとりの弟、外崎家の次男・敬は都内の美容院に努める新人の美容師で、髪型に制約のない澪と傑の髪を度々練習台に使う。なので澪は最低でも月1でイメチェンをしている。澪と傑は美容院代が浮いて助かっている、なんて考えだ。
「金髪よりはマシだけど…澪は黒が似合ってる気がすんだよなぁ」
「1回脱色したけど似合わなすぎてすぐに染めてもらった」
「あははは! 敬マジでチキってんなぁ、澪が怒ったからだろ?」
「けどさしょーちゃん、澪にぃの金髪マジ似合わなすぎてビビったわ」
翔眞にお通しのミニ冷奴を出しながら傑は思い出して笑う。澪は横目で傑をギロリと睨むが、傑の方が背も高く体も鍛えているからか怯むことなく澪を見降ろして更に笑う。
「昨日は染髪料の匂いがすごかったのよぉ。でも澪も傑もとても似合ってるわ、敬も上手になったわねぇ」
雅恵は呑気に息子たちを褒める。常連のおじさんたちもそんな話をほのぼのと聞いて笑う。
穏やかな昼下がりの酒飲みたち、だがそんな中にも影は潜んでいる。
「澪ちゃん、熱燗くれや」
「………500円」
「あ、しまったぁ、細かいのねぇわ。1万円でいいか?」
「…ちょっと待ってて」
ひとりの男が澪に折りたたんだ1万円札を差し出す。澪はそれを受け取ると熱燗を作ると裏に引っ込んだ。
レジ裏の暖簾をくぐると外崎家の居住スペースだ。角打ちのつまみなんかは外崎家のキッチンで作っている。熱燗も簡単に電子レンジで加熱するだけだ。澪は日本酒を温めている間に受け取った1万円札を広げる。中からは小さいメモ紙が出てくる。
___22時 ライム 701号室 3人
澪はため息をついて、メモを破ってゴミ箱に入れた。そして9500円のお釣りを出すことはない。
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