9 / 9
9
16時、翔眞は出勤の格好で外崎商店にやってきた。
「あらしょーちゃん、随分早いわね」
「おばちゃーん、マジで雲雀 くんが厳しいんだもーん! 同伴しねぇなら清掃しろってぇ」
雲雀とは先ほど翔眞を叱責したタケのことだ。タケの本名は榎本 雲雀、外崎商店の2軒隣にある花屋「florist EMY 」はタケの実家だ。翔眞も店以外ではタケのことは「雲雀くん」と呼んでいる。
そしてタケに怒られたしょうもない経緯を聞いた澪はレジ台でパソコン作業をしながらため息をはいた。
「普通のことだアホ」
勿論、澪も正論をかます。そう言われた翔眞は気まずそうに澪をチラ見しながら冷蔵庫からいつものように缶のハイボールを手に取り澪に持っていく。
「はい、180円」
「……なぁ、澪」
「なんだ?」
支払いを終えて商品を澪が差し出すが翔眞が受け取らないので澪は少し眉間にシワを寄せた。
「おばちゃんにも心配かけちゃダメだよ…もうあんなことやめてよ……アイツなんだろ? 俺が」
「余計なことはしなくていい、これは俺の意思だって何度も言ってるだろ」
「だけど」
「お前マジでうざい、春になって頭わいた?」
澪の目が、本気で翔眞を否定しているようだった。
翔眞は奥歯を強く噛んで、だけど、取り繕うように笑顔を振りまく。
――ヤベェ、久しぶりに本気で泣きそう
「…ごめん、やっぱいいや。俺もう仕事行く」
「おい、コレどうすんだよ」
「ノブさんにでもあげてよ」
そう言い捨てて、翔眞は澪を見ずに外崎商店を飛び出した。澪は少しだけ視線で背中を追うが、すぐにやめた。
そんな2人の様子を配膳して出てきていた傑はやるせない表情で見守るしかできなかった。それは母の雅恵も同じであった。
すぐにほろ酔いの常連たちの相手をするために仕事に戻った3人、レジ台が我が城と云うように澪もどっかりと構えて仕事をしている。なのに、どこか、澪が孤独であるように見える。
マウスをクリックする右手も、タイピングする指先も、お釣りの硬貨を渡すマメだらけの掌も、氷のように冷たく震えていた。
外崎商店から離れて花道通りの角に着いた翔眞は、街灯の下を数分見つめると堰 が切れたようにしゃがんで泣き出した。
その目の前には粗末な瓶に枯れそうになっている花が挿さっていたが、心のない誰かによって手折られていた。
通り過ぎる人々は、ナンバー1ホストの見る影もないようなそんな情けなくしゃがみ込んだ男をあざ笑う。そんな群衆の中の真新しいスーツと革靴をまとった黒髪の青年は、そっと立ち止まって翔眞の、ツバサの背中をただ見つめていた。
「大丈夫ですか?」
普通の呼びかけ、なのだが、どこか懐かしくて胸が痛くなる声色に思わず嗚咽を殺した。
翔眞が顔を上げたら、スーツの青年が膝をついて手折られた花を空に向かわせるように手を添えていた。
涙は、一つ、キラリと光った。
to be continued...
ともだちにシェアしよう!