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 昼過ぎに目が覚めた翔眞は適当に顔を洗う。母が作り置いてくれてたご飯を冷えたまま口にした。テレビをつければいつものようにお昼のワイドショーが始まっていて、時事のあれやこれやをコメンテーターが小うるさく討論していた。  ちゃぶ台においていたスマートフォンが振動する。珍しく通話だったので翔眞は箸をおいて応答する。 「もしもし?」 「ツバサか、タケだけど」  相手は職場の先輩で店のナンバー2の「タケ」だった。 「ちーっす、早いね」 「あのさ、昨日面接にきた新人なんだけど、採用したからお前が教育係な」 「はい?」 「店長命令だかんな、俺もさっき聞いて猛反対したけど…ま、何事も経験っつーことで」 「何言ってんの! マジでありえねーんだけど! もっと強く反対してよタケちゃん!」 「無理無理、めんどくせぇ」  タケは棒読みだった、きっと電話の向こうのタケは目が死んでいることは想像に容易い。 「絶対タケちゃんがやった方がいいよぉ、常識人だし、頭いいし」 「そうだな、お前は天性の勘みたいなのでナンバー1になって野心もクソもねぇ実家パラサイトのドラ息子でホストになったのもバカすぎて就職できなかったからだってことは店長も知ってんだけどな」  ここまで息を吐くように翔眞の痛いところを確実に突いてこれるタケは翔眞の幼馴染だ。昔から翔眞の人となりを熟知してるからこそ、的確に翔眞を叱責したりフォローしたりできるのであった。  因みにタケは大学在学中にアルバイトでホストを始めていたが、ホストとしての姿勢や経営学に明るいことからキャストとして在籍しつつオーナーの右腕としても働いている。つまり普通に大手企業にも就職できた人材である。 「その新人がお前に取って代われる可能性があるって感じらしいから、色々教えてやれ」 「……は?」 「もうお前もそろそろ前に進む時期が来てんじゃねぇのか?」  そう言われて翔眞は乱雑に本が押し込められてる家族共有のカラーボックスに目を向けた。そこにあったのは調理師のテキストが数冊。埃はかぶっていない、ページは少し広がっている。 「だけど…俺は……」 「とりあえず今日は17時出勤なー、初心に戻って新人たちと一緒に店の掃除をしろよ。どーせ同伴も断ってんだろうし」 「え! なんでわかるの? タケちゃんエスパー?」 「馬鹿野郎! ここ2ヶ月お前の客から同伴断られてるってクレームが殺到してんだよ! 何考えてんのか知らねぇし売り上げあるから文句は言わんが、他の奴が働いてる時間はお前もしっかり労働しろ!」  タケに至極正論なことを叱りつけられて思わず受話器を耳から離した。そして半分涙目になりながら「こわいよー」などとおどけた。  そして通話を切るとちらりとテレビの左上に表示された時刻を確認する。 「1時半かぁ…今日は……行かない方がいいかもな、澪んち」  ポツリ、虚しく呟き終えて冷めた昼飯も平らげた。

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