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第3話

「やーん、寝坊! 駅まで送ってー!」 「ったくしょうがねぇな。早くしろよ」  衣装が入ったガーメントバッグと、楽屋道具と楽譜を入れたキャリーケースも抱えて助手席へ乗り込んでくる。  片手にはブラシを持ったままで、シートベルトを締めてすぐ左右の耳を交互に抱えて丁寧にブラシを滑らせる。俯くうなじには事故を防ぐためのプロテクトシールが貼られていた。 「痛っ」 「どうした」 「太腿の下、何か刺さった。……ピアスだ」 ウサギの手の上にころんとキャッチのないピアスが転がった。 「何人目の妹のものかは、もはやわからん。捨ててくれ」 「そのどこまでも冷静に『妹』って言い張る根性だけは素晴らしいと思うよ」 「お褒めにあずかり光栄です」 軽快にハンドルを操り、改札の真ん前まで車を乗りつけてやると、ウサギは「ありがとっ」と言って助手席から飛び出した。 「俺、今日は当直。しっかり鍵を掛けていい子にしてろよ」 「ふうん。妹さんによろしく」 「違うっつってんだろ、そのでかい耳でよく聞きやがれ、ウサギ!」 「僕の耳は音楽を聴くために鍛えてるんだもーん。じゃあね」 バタンとドアを閉めるとぴょんぴょん飛び跳ねるようにして改札へ駆け込んで行き、すぐエスカレーターに乗ってその姿は見えなくなった。  黒豹もロータリーを半周して抜け、勤務先の大学病院へ向かう。  アルファの体力だからこなせているだけで、研究と臨床の両輪はなかなかのハードワークだ。それでも患者さんの人生の一助になりたい、その一心で白衣を着る。  机の上に積み上げられた診断書にサインしつつ、受け持ち患者の電子カルテと一晩分の看護記録を見て、回診の順番を組み立て、タイミングを計る。 「朝カンファ始めまーす」 声が掛かって、飲みかけのコーヒーを片手に立ち上がった。

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