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prologue

 その男を見た瞬間、僕は駆け出していた。 「お願いします! 僕をトラにしてください!」  勢い込んで頭を下げた僕に、トラの獣人である男は不機嫌そうに振り返る。 「なんだ? お前、最初から『トラ柄』じゃねぇか」  威圧的な男の睨みに、僕のシマシマ尻尾が右足に巻き付く。いくらトラ柄でも、僕はただのネコでしかない。  震えてしまう体に力を入れて、僕は男を睨み返した。 「――僕は、ただのトラネコで終わりたくない! 強くなって、本物のトラになりたいんだ!」 「そんなの無理に決まってるだろ。とっとと家に帰りな!」 「――っ!」  『家』という単語に息を呑んだ僕は、尻尾を股の間に挟み体を震わせる。心臓が早鐘を打ち、呼吸が苦しい。 「お、おい。どうした?」 「……嫌だ。家になんか帰りたくない! もう檻に閉じ込められるのも、殴られるのも嫌だ!」 「なんだと!?」  思い出した恐怖に、涙がボロボロと溢れる。  大股で歩いてきた男は、僕に後ろを向かせて服を掴み、背中を捲り上げた。 「こいつは、ヒデェ……」  男が低く唸る。  僕の背中には、杖で殴られた痣がたくさんあるだろう。今服が擦れただけでもヒリヒリと痛む。  服を元通りに整えてくれた男が、舌打ちする。 「仕方ねぇ。ついて来い」  どこかへと歩き出す男を、僕は小走りで追いかけた。 「お前、名前は?」 「ジンジャー」 「あぁ、生姜色な」  大股で足が速い男に、必死でついていく。倍くらい身長がある男を見上げ、その後頭部に声をかける。 「おじさんは?」 「おじさんじゃねぇよ! 俺はアンバー。――てか、お前、なんで俺に声かけた? トラの獣人なんて他にもいるだろう?」  少し遅れがちな僕に気付いた男――アンバーが、僕を軽々と抱き上げてくれた。アンバーの黒い瞳が近くなり、僕は吸い込まれるような気持ちで見詰める。 「ん……アンバーが一番強そうだったから」 「あぁ、まぁ、確かに俺は身体能力特化だからなぁ。けど俺は、他のアルファほど頭は良くねぇぞ? 教え方も分からねぇ」 「でも僕はアンバーが良い。アンバーみたいなトラになりたい」 「……あっそ」  どうでも良さげに呟いたアンバーだったけど、僕を病院に連れて行ってくれた上に、お泊まりもさせてくれた。翌日からはケンカのやり方も教えてくれた。  感謝してもしきれない。  そんなアンバーの事を、僕は――

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