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第61話
「で、今日は一日二人ともお勉強タイムだったわけ?ふふ、ご苦労様」
「や、ぎりぎりまでやらなかった俺が悪いだけなので・・。てか、内田さんと涼平くんも何か凄く疲れてるみたい。ライブってキャストだけじゃなくてスタッフも大変なんですね」
「・・・」
直央にそう言われ橘涼平と内田景は顔を見合わせる。
「‥最近仕事がたてこんでいたしね。引っ越しもあったし。けれど、この仕事だけはきっちりやり遂げたかったんだ。インディーズからのふるーるのファンへの恩返しライブだからね」
「恩返しっていうか、俺は常にファンへはそういう気持ちでいたけどな。・・いろいろあっても、ふるーるを信じてついてきてくれたのはあいつらだから」
「・・そうだね、いろいろあったね。俺は途中加入だけど、受け入れてもらえてほっとしたよ」
「広将・・」
「・・なあに?」
自分の言葉に少し複雑そうな表情になった上村侑貴を見て生野広将は慌てて笑顔を作る。
「・・今は広将の声があってこそのうちのバンドだと思ってるし、その・・俺にとってもその・・」
「分かってるから。侑貴は無理しなくていいの。タクもカンも理解してることだから。ねっ、そうだろ?」
と、広将は侑貴の隣に座っていた他の二人のバンドメンバーに同意を求める。
「侑貴はショウ・・広将の言うことしか聞かないしな、もう。おかげで俺たちも気ままに音楽やれてる感じだよ」
「そうそう」
ドラム担当とキーボード担当の二人はそう言って笑い、そして席を立った。
「ど、どうし・・」
「侑貴キョドりすぎ」
「俺たちは侑貴と違ってお酒で発散させたい人たちなの。内田さんは車だし、他は未成年だしね。ま、ごゆっくり」
「侑貴はいいメンバーに恵まれたね、おかげで私も安心してアメリカに行けるよ」
バンドメンバー二人を店外まで見送ってきた侑貴と広将が戻ってくると、景がにこりと笑って声をかける。
「まだ3年のつきあいだけど、あいつらが声をかけてくれなかったら、たぶん俺はこの世に居場所がなかった。少なくとも今日という日は無かった、とは思う」
「バンド結成3年でアニメのエンディング曲まで担当しちゃうなんて凄いですよね、侑貴さんたち」
直央が嬉しそうにそう言うと、哲人が不思議そうな顔になる。
「何で直央がそんなに楽しそうなんだよ」
「だってさあ、好きなアニメに関わってる人たちがこんな身近にいるんだよ。それだけでもお祭り状態なのにさ、当人たちが幸せそうなんだもの。こっちまで嬉しくなるってもんじゃない?」
「・・あんたってほんと・・」
侑貴は小さくため息をつきながら首を横に振る。
「馬鹿正直すぎる・・というか。亮の側にいたのが直央みたいなのだったら、あいつももっと違う人生だったかもな」
「侑貴!」
侑貴のその言葉に涼平が顔色を変える。
「今、その名前を出すべきじゃないだろ」
と、広将の方をちらと見る。
「涼平はほんと優しい男だよね。涼平が内田さんを好きになってくれて、ほんとよかったよ。でも、涼平も大変なんだから無駄に抱え込まない方がいいよ?俺は、どうしたって侑貴のことが好きで離れるつもりがないから、全部を受け入れたわけだし」
「っ!・・」
「・・ファミレスでするトークじゃないし、なんか俺まで恥ずかしくなってきたから話題変えないか?」
と、哲人が提案してきた。涼平が「えっ?」という表情になる。
「んだよ、下手すりゃこみいった話になっちまうだろ?ライブの打ち上げでする話じゃないのは、俺でもわかるっての。生野の頑張りを俺だって褒めたい・・じゃなくて凄いって思いたい・・って何かこれも違うな。とにかく・・」
「哲人の気持ちはちゃんと分かってるよ」
と、広将が微笑む。
「哲人の一言から始まったようなもんだからな、俺の音楽人生は。哲人はいつでも俺に大切なものをくれるよ。学校での居場所も、俺が俺らしくいられる環境も」
「・・え?お・・れ?」
「あのなあ」
哲人の困惑気な表情を見て、涼平が苦笑しながら肩を叩く。
「人は意図せず誰かの人生の指針になってることがあるんだよ。哲人は“学校を変えたかった”“だけ”かもしれないけど、お前の存在はお前が思う以上に大きく重いもんなんだ。・・まあ、みんなお前が好きなんだよ」
「・・へ?」
「俺はそうでもないけどな。ったく、直央みたいなタイプには一番近づけたくないオトコなんだけどなあ」
「それでも、直央くんには唯一無二の相手なんだよ」
侑貴がそう顔を歪ませながら言うのを見て、景が窘める。
「それでもって言い方が、内田さんの哲人への見方だっつうの」
「!」
「景をいじめないでよ、侑貴。彼はこの中で最年長だから、“役割を果たしてるだけ”なんだよ。・・俺にとっては可愛い男性って人なだけなんだけどね。正直すぎる・・」
と、涼平が顔を赤らめる。
「正直か!・・涼平ってそういうキャラじゃないだろうがよ」
侑貴が顔をしかめるのを見て、直央は景に耳打ちする。
「あのう・・侑貴さんてやっぱ哲人のこと受け入れてはくれてないんですか?哲人は積極的にふるーるのCDも聴いてくれたりしてしいるんですけど」
「大丈夫だよ。侑貴はほんとツンデレだからね。そんで広将が哲人くんを妄信的に崇拝してるって邪推してるから、余計な嫉妬してるだけだよ。広将って、侑貴のことに関しちゃアレなとこがあるけど基本的には良心的少年だから」
「俺がレアな存在みたいに言うな!」
「・・レアって言葉も善し悪しだと思うわ」
「そして入店時からの他の客と店員の視線がさらに痛い・・」
「ぶっちゃけ、大半のふるーるのファンて突発的に俺らが売れたとは思ってないはずだ。わりと等身大の俺らを見せてきたつもりだし。このSNS文化繁忙期に隠し事なんて無理だとも思うし」
侑貴がそう言うと、涼平が大きくうなづく。
「そうそう。侑貴は目立つタイプだからね、わりと。まあ、酒を飲まないから変に悪目立ちしないとは思うけど、自覚のないイケメンているからさあ」
と、哲人の方をあからさまに見る。
「え、大学生ってやっぱお酒でいろいろ左右されるわけ?直央は大丈夫なのか?」
「・・俺、まだ未成年だし。涼平くんの言ったのはそんな意味じゃないと思うし」
直央は困惑気な表情で涼平を見やる。涼平はやれやれとばかりに、大げさに肩をすくめる。
「哲人は一見クール系で、その実周りに左右されることが多いだろうがよ。鈴がうまいこと操縦してたから今まではアレだったけど、直央さんには絶対迷惑かけるなよ。直央さんは真面目で優しい人なんだから」
「‥鈴はただ俺のやることにチャチャ入れててただけだよ。直央が優しいのは事実だけどね。一緒にいると安心できる。でも、直央はモテるから・・」
夕べのことをどうしても思い出してしまう。
(やさしさって・・ときには残酷、だとかいうもんなあ。だいたい、この人はホイホイと男性でも女性でも引き寄せちゃうから)
実際、さっきから落ち着かない気持ちでいた。この時間のファミレスだから客はそれなりにいる。六本木という場所柄、芸能人慣れしているはずだとも思うが、自分たちが入店したときには確実に店内がざわついた。
(生野と上村はなんだかんだで芸能人だし、内田さんなんて本当にモデルだから目立つんだよなあ。そして直央だよ)
「ドリンクバーで声かけられてただろ?だから一緒に行こうって言ったのに」
「へっ?・・ああ、あの時ね」
哲人の言葉に直央は一瞬怪訝そうな表情になるが、すぐにああと笑顔になる。
「あの人たち生野くんたちのファンでね。今日のライブにも来てたんだって。あ、ここに来たのはあくまで偶然だって言ってた。そんで、数か月前の・・ほら俺たちが初めてふるーるのライブ見に行った時もそこにいて、俺のこと覚えてたんだって」
「マジ・・か・・」
「あら・・ら」
ただそれだけだよ、と微笑む直央を見て涼平と景は苦笑する。が、哲人は体をわなわなと震わせる。
「や、やっぱり・・」
「はい?」
「ちょい待ち、哲人」
口を開こうとした哲人を、侑貴が制す。
「ゆ、侑貴」
「そのファンの言動の真意はともかく、とりあえず俺らに視線は向けても、カメラとか向けてないのはちゃんと確認してる。まあ、拒否もできないのも事実なんだけど。つうか、直央はお前より年上なんだから、そこんとこは尊重しろよな。少なくとも鈴はそうしてるぜ」
「!」
「俺も人のこといえないのは百も承知だけどな。けれど、広将の存在があったからちょっとはマシになった。本当に相手を想うのなら、変な邪推なんかしてたら時間がもったいないぜ?」
「っ!」
哲人は思わず直央の手を握る。
「哲人?」
戸惑いながらも直央も握り返す。それを見て広将が思わず大きく息を吐く。
「・・はあーっ。哲人と直央さんはそれでいいんだよ。なんかわだかまりがあったみたいだけど、誰も壊せない二人だってみんな分かってるもの」
「生野の言う通りだぜ?哲人。お前だって本当はちゃんと分かってるから、直央さんのバイト許したんだろ?つうか、それ自体が哲人のツンデレである意味魅力なんだしさ」
「涼平・・」
哲人が困惑気に問いかける。
「それって誉め言葉なのか?」
「やっぱ哲人に的確にツッコむのは鈴じゃなきゃダメな気がするよ。それはそうと・・」
と、広将が直央の方を向く。
「直央さん。今日は俺たちの打ち上げに付き合ってくださってありがとうございます。バイト始められてお疲れなのは分かってたんですけど、どうしてもお礼を言いたかったので。て、だいぶ遅れましたけど」
「な、何を言ってんの」
そう照れながら言う広将の手を直央はぎゅっと握る。
「!」
「俺はふるーるの大ファンなんだからね!生野くんのおかげで哲人もオタクの世界に引き込めたし!」
「や、俺は別にオタクになんか・・」
と、哲人がボソッと呟く。
「写真だけだけど、PVにも参加できたし。あのねあのね・・」
直央は手に力を込める。
「直央・・さん」
「哲人と俺を幸せにしてくれてありがとね。ずっとそれが言いたかったんだ」
そして侑貴の方に向き直る。
「侑貴さんが生野くんを仲間にしてくれたから、哲人があのアニメに触れることができたんだと思う。ありがとうございます」
「や、俺は・・・つうか」
と、侑貴は複雑そうな表情で答える。
「広将をもともとこの世界に引き込んだのは哲人の言葉だってのは承知してるからな。そんで、いろいろ俺も哲人の人生に無関係じゃなかった・・し。まあそれはそれとして、直央の頭の中ではやっぱ哲人が中心なんだな」
『貴方がどれだけオレたちを挑発しようと、オレたちはその度に二人の想いを高めていくだけだ。そして、鈴ちゃんの言ったとおり哲人を侮らない方がいい。貴方や、生野くんのためにはならない』
『・・オレを抱いていいのも、抱かれたいと思うのも哲人だけだ。彼としか本気のセックスはできない。貴方は本気の恋愛をオレとしたいんでしょ』
(わりと・・本気だったんだ、よな。俺を助けてくれそうな気がして。ある意味そうなったんだけど。・・哲人は特別だからな、結局のところ誰にとっても。そんで直央は・・天使ってとこか)
「なのになんで揉めるのかわかんねえよ、ほんと」
「・・俺が知りたいよ」
哲人が思わず深いため息をつく。
「鈴だったら・・もっと気の利いたことが言えるんだろうな。そういうとこは、正直羨ましいよ」
「り・・ん」
直央が呟く。
「小さい時から俺より器用で何でもできた。俺の料理とか蓄財のそれは、ぶっちゃけ親が与えてくれた環境によるとこが大きかったけれど、鈴の場合は天性のものだから。そして、格闘力だって鈴の方が上なんだ。ほんとは、俺は鈴にはかなわない」
「そういえば、鈴はどうしたの?や、俺も一応line送ったんだけど、既読スルーでさ。でも鈴だから・・」
それでも広将の表情には困惑気なそれが浮かぶ。そんな彼を見て涼平と景は顔を見合わせる。
「鈴は・・あれでも女の子だからね。それにいろいろ忙しいみたいだし」
「・・昨日俺は会ったよ、鈴ちゃんに。あの人と一緒だった」
直央がちらっと哲人の方を見る。
「バイト先に・・きたんだ。俺にはデートに見えた。だから・・哲人には言えなかった」
「鈴があのラーメン屋に?それは・・だって直央がバイトするのは言ってあったし。でも、何で俺に言えない?あの人って・・」
直央のその様子に哲人は不安を覚える。昨日のことをまた思い出す。
「鈴に会ったのって昨日?あいつはそんなこと言わな・・や、話してもいないんだけど」
「哲人・・」
だんだんと声が小さくなる哲人を見て、涼平は思わず声をかける。
「鈴はいつだって哲人を気にかけてる。同時に直央さんとの幸せを願ってる。あいつは・・」
「けど、鈴は女だ。好きな男に恋人がいるって分かってても、それでもその恋人ごと愛してしまうような女だ。・・あいつは基本的には不器用なんだよ」
涼平の言葉を制して、侑貴が静かにそう言った。広将が慌てて侑貴の肩を掴む。
「よせよ!侑貴だって哲人の気持ち分かるだろ。・・・もしかして鈴と一緒にいたのって北原なんですか?直央さん」
「う・・うん。たぶん、鈴ちゃんは俺が哲人に言うと思ってたと思う。けど・・ダメだった。俺が勝手なのわかってるけど、哲人の反応が怖かった。哲人はどうしたって鈴ちゃんが好きだから。大事に・・思ってるから」
「えっ?」
直央の言葉に哲人の顔色が変わる。
「そんな風に考えていたのか?や、そんなことを・・」
自分は考えさせてしまったのか、と哲人は唇を噛みしめる。
「だから、昨日から様子が変だったのか?なのに俺は無理なことばっかさせて。また・・なのか?また俺は失敗したのか?」
「し・・っぱい?」
哲人の言葉に直央の顔が曇る。
「そう・・なの?俺は哲人の・・」
「へ?ち、違う!俺がちゃんとしたこと言えてない・・だけっていうか、不器用っていうか。そうじゃないんだ。でもごめん。ダメなんだ、離れてると不安で。けど、俺が直央を不安にさせてるというなら、俺が‥俺がちゃんと変わるから」
「哲人、そうじゃなくて!」
「あらら、お取込み中デスカ?他の人のメイワクになることは駄目デスヨ」
突然片言の日本語が聞こえてきた。
「!?」
「気づいてないようですけど、ミナサンのお声はとてもイイので悪目立ちシテマス」
「ご忠告はありがたいんだけど、キミのわざとらしい片言の日本語も十分悪目立ちしているよ。そして間に合うなら連絡がほしかったな」
と、景が肩をすくめながらその声の主に問いかける。
「いったい、キミはいつからそこにいたんだ?」
「景、もしかしてこの人が例の?」
二人の会話を黙って聞いていた涼平が景に耳打ちする。
「まあね。ほんとは日本語ペラペラのくせに、なかなかの性格だよ。・・って、直央くんどうしたの?」
「や、それは・・・」
景にそう聞かれた哲人は困惑気に答える。
「俺のセリフですよ。ノボルだろ?何でこんなとこにいるの?そんで何で内田さんと知り合いなの?」
「・・直央」
直央のその言葉に哲人の顔色が変わる。が、直央はそれに気づかない様子で男性に声をかける。
「ノボルはいつ日本にきたのさ。何で俺に連絡してくれなかったの?」
ノボルと呼ばれたその金髪でロングヘアの男性は、直央を見るとにこっと微笑んだ。
「ふふ、ナオ久しぶりだね。日本に帰ってきてから携帯変えたキミの連絡先をボクが知ることは不可能だよ。ここで会えるとも思ってなかったけど、ボクはやはり運がいいんだねえ」
「・・・」
「あれ?ノボルには連絡したと思ったんだけどなあ。ていうか、やっぱノボルって普通にビジネスマンだよね。いいなあ、そんなにスーツが似合ってさ。俺の身長じゃ・・ってどったの?生野くん」
「あの・・」
広将が困ったような表情で直央の服の袖を引っ張る。
「お二人が知り合いなのはなんとなくわかりました、けど哲人が・・」
「へっ?・・あ」
「あはは、もしかしてこの・・ボクをおもいきり睨んでる彼がナオが言ってた“センリ”?ずっと会いたいって言い続けてた。確かにイケメンだけど、なんかナオの言ってたイメージと違うんだけど」
ノボルが不思議そうに哲人の顔を覗き込む。
「なっ・・」
「ああ、なるほど」
そう呟いてノボルはニヤッと笑う。
「“ボス”になんとなく似てるな。そうか、そういうことか。ふふ、意外なとこで繋がりがあるんだな。これだから・・」
と、直央に顔を向ける。
「ノボル?」
「日本と、それからナオは面白いし・・好きだよ」
「!」
その言葉に哲人の顔色が変わる。
「なんてことを言いやがる、俺の前で・・」
「マズっ!」
チッ、と舌打ちして涼平が慌てて立ち上がる。
「あんた!いいかげんに・・」
「もしかして、ノボルは哲人とボスが親戚だって知ってたの?俺だってつい最近知らされたことなのに。あ、哲人が俺の最愛の人なの。かっこいいでしょ!」
そう言って直央は照れたように舌を「てへ」と出す。
「な、直央・・」
「直央さん・・」
「あ、そうなんだ?つまりステディな関係ってこと?へえ、ボスが聞いたらびっくりするだろうねえ。つうかナオの好みがこういう系だとはね。案外甘えたい男子だったんだ?向こうではあんなに気を張っていたのに」
ノボルが直央に近づきその頭にそっと手をのせる。
「あの頃はこういうこともさせてくれなかったけど、今は大丈夫なんだね」
「てっ・・」
哲人の顔色が再び変わる。それを見てノボルは薄く笑う。
「日本の男の子は余裕のないとこが駄目ね。キミ、ナオのステディなんだろ?ナオはいつでも真剣だし、嘘もつかないよ?もっと堂々としてなよ。もったいないよ?ナオに愛されてんのに」
「っ!・・そんなこと、あんたに言われなくても。
哲人がノボルを睨む。
「俺は日向哲人だ。あんたも名乗ってほしいな。そしてボスって誰だ。直央とどういう関係なんだ。何でここにいる?俺のことを知っていたのか?」
「哲人、ノボルは・・」
直央が慌てて口を挟むが、ノボルがそれを制す。
「ナオ、こういうのは男のプライドを優先させた方がいいんだよ?中途半端はよくない。だいたいこの場にいるってことはテツヒトもナオも関係者なんだろ?なら長い付き合いになるはずだ」
「は?」
「ボクの名前はノボル。ノボル・アンダーソンだ。日本人ぽいファーストネームだけど、普通にアメリカ人だよ。ま、移民の子孫らしいからいろいろ混じってるのかもしれないけどね。そしてこの名前は大の日本びいきのボクの両親がつけた。日本語では“上昇する”って意味らしいね。ようは高みを目指せってことさ」
「ノボルは凄く頭がいいんだよ。飛び級を繰り返して10代で大学を卒業しちゃったの。今は・・23歳だっけ?」
「23!?俺と二つしか違わないって・・」
侑貴が驚いたようにつぶやく。
「やだなあ、そんなに老けて見えるかい?まあ、ビジネスの場で舐められないようにはしてるつもりだけどね。日本人は学歴至上主義なくせに、見た目でも直ぐに判断しちゃうからねえ」
困ったもんだ、と大げさに手を広げるジェスチャーをしながらノボルはくくっと笑う。
「と言いつつも、ノボルは年に一度は日本に来てたんだろ、遊びが目的で。でも、今回は違うみたいだね」
「あ・それは・・」
と、景が口をはさんできた。
「私が説明するよ。これ以上ノボルが喋ると哲人くんがヤバイ」
「へっ?」
「景、一言多い」
と涼平が苦笑する。
「ノボルは・・確かに頭は凄くいい。ビジネス論理もしっかりしたものを持っている。・・一定の成果も出していた、向こうの会社では、ね」
「何その、何かありげな紹介の仕方」
「私が上司から彼を紹介されたときに言われたとおりに説明してるだけだよ。ちなみに、出向前の会社の人から上司にされた紹介も同じ」
「出向前の会社?」
「まあ、一言でいえば“たらい回し”ってことだね。日本語合ってるだろ?」
と、ノボルが豪快に笑うのを見て、直央は「?」という表情になる。
「や、それって要は使えない人材を・・って意味だよ、分かってんの?!」
「・・直央くんが彼のことをどこまで知ってるかわからないけど」
と、景は疲れたように言う。
「そして日本の関係者がどこまで彼を理解しているのか分からないけど、私が見る限りではノボルは相当の策士だよ」
「はい?」
「そういうことを本人の前で言っちゃうケイも相当なも・・って、今度はこっちの彼氏が睨んでるね。嫉妬or心配?」
「っ!」
虚を突かれた涼平は思わず座ってしまう。が、今度は直央が口を開く。
「ノボル、涼平くんを舐めない方がいいぜ。彼は本当に強いんだ。そして内田さんの大切な人なんだ。余計なことは言うなよな」
「直央?」
恋人のいつもの口調と違うことに気づき、哲人は怪訝な表情になる。
「ナオがそう言うのならそうなんだろうな。けど・・」
言いかけて、ノボルは景の方を見る。景は何とも言えない表情で肩をすくめる。
「・・OK。ま、ナオが大事にされてるのはよくわかったよ。そんで周りをよく見ていることもね。あとでボスに連絡しておくよ。ナオは日本で幸せだって」
そう言ってノボルは微笑む。それは本当に彼がその事実を喜んでいるように涼平には感じられた。涼平は直央に聞く。
「直央さん。ボス、というのは?」
「俺とノボルが通ってたロスの道場の師範だよ。その人が哲人の親戚だってのは最近知ったんだ。・・勝也さんの紹介だったのだけど」
そう言って直央は哲人の顔を見つめる。
「っ!・・」哲人は顔を赤くする。
「・・大人の思惑は正直わからない。けど、俺は今が幸せ。哲人の恋人になれたことが幸せ。だから邪魔しないで、ノボル。そして俺の周りの人を力でも言葉でも傷つけないで。俺は本気で許さないよ」
To Be Continued
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