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健ちゃんのおうち(完)

 ある程度退屈な平日が終わって、土日の休日になると僕は、勝手に作った合鍵で健ちゃんの家のベッドで寛いでいる。健ちゃんは朝から学校に出かけているようで、だから僕はまた健ちゃん秘蔵のBL本を読みふけっては『そういうこと』の勉強をしていた。 「ふむふむ……そっか、乳首って開発しなきゃいけなかったのか」  健ちゃんの大好きな少年たちの乳首本で、僕は乳首への刺激で射精しているフィクションな少年たちに学ぶ。僕はまだ中学一年生だけど、精通はしている。健ちゃんを想って思って、自宅(もしくは健ちゃんが留守の健ちゃんの部屋)で一生懸命練習をして、精液を出せるようになったのだ。これで僕も立派に健ちゃんの相手をできる。そう思って何度も健ちゃんを誘惑しているのだけれど、生真面目な健ちゃんはなかなか靡いてくれない。この前の補習の日は、惜しかったな……。思ってニマニマしていると、僕が部屋に来ているだなんて思ってもいない健ちゃんが、部屋の鍵を開けて帰ってきた。 「おかえりなさい、健ちゃん」 「ただいまーって、じゃねえよ何だ!? 糸魚川、来てたのか、」 「二人の時は『怜太』って呼んでよー」 「あっ、ああスマン。ってそれもちがーう!! 勝手に人の部屋に入るなって何回も言ってるだろ。てかそれ!!」 「ふっふっふ、BL乳首本。健ちゃんやっぱりまだ持ってるんじゃーん?」 「そりゃ、同人誌ってのは作者さんが精魂込めて作った傑作なんだから、捨てるとか売るとかはできないっていうか……じゃなくてコラ!」  そこまで独り言をいって健ちゃんは、ベッドに近づいて僕からその薄い本を取り上げる。 「こういうのは、大人になってからだ!」 「大人だったら読んでも良いの? 中学校の教員でも???」 「うっ」 「その本に出てくる男の子も、中学生だったよ」 「ううっ、つべこべ言うな怜太! ベッドからも降りろ!!」 「ぶー」  健ちゃんが本を仕舞って、それから僕のためにジュースをコップに注いでくれる。僕は、冬はコタツ夏場はテーブルのその台の前に足を伸ばして座って、健ちゃんが出してくれたそれを『ありがと』と言っては飲み干す。ゴク、ゴク、ゴク、と少年の喉が密やかにうごめく様子に、健ちゃんはやっぱり怪しい視線を向けている。それに気が付きながらわざと大げさに一気飲みして、部屋の中だからタンクトップ姿の僕はパタパタとその胸元をひらつかせる。 「あー、暑かった。クーラーのリモコン見つからなかったから、僕、この炎天下で汗だくだよぉ」 「……」 「健ちゃん、リモコンどこに仕舞ってるの? エッチな本は見つかるのに、リモコンは見つけられないなんて可笑しいよね」 「……」 「健ちゃん、どうしたの?」 「はっ!!」  わざとだ。わざと僕は僕の乳首をちらつかせていたのだ。狙い通り、健ちゃんは僕の胸元に血眼で、というかむしろテーブルから少し身を乗り出して、僕の胸元を覗き込んでいた。健ちゃんは、いつもは爽やかなスポーツマンだけど、やっぱりショタコンの変態なのだ。首を傾げた美少年の僕に、健ちゃんは『あはははは』と不自然に笑って姿勢を戻しては、テレビの電源を入れてもぞもぞ、その場で胡坐をかく。 「いや、本当に暑いな。テレビでも見るか!」 「じゃなくて、クーラーのリモコン」 「あっ、ああそうだったな! そういえばリモコンはキッチンの方にっ……」  といって立ち上がろうとして、健ちゃんはピタッと止まる。僕が健ちゃんの方を見ると、健ちゃんは……股間を反応させていたのである。やっぱり。やっぱり本当に、何度も言うが健ちゃんは変態だ。美少年の乳首を凝視して、それだけで勃起させるなんて。可笑しくなって僕はにやにやと笑う。 「本当にどうしたの、健ちゃん?」 「なっ、なんでも……ちょっと足が痺れただけだ」 「じゃー僕が解してあげる!」  立ち上がって健ちゃんの隣に座って『あっ、ちょ!?』と慌てている健ちゃんの股間の膨らみには気づかないふりで、僕は健ちゃんの太ももの付け根のあたりをもみもみと揉みこむ。 「痺れたの、ここ?」 「アッ、ちがっ……怜太、良いから!」 「んー、もっと根元かな、こっち?」 「うっ、怜太、本当にもう!」 「あっ、ここが硬いね健ちゃん。ちゃんと解さないと、」 「れっっ!?」  わざとらしくを通り越してもうアダルトビデオみたいに僕が、健ちゃんの勃起した股間をぎゅっと握った瞬間だった。 「あっ」  どぷっ。 「っ……!? 健ちゃん、」  実際にはそんな音は聞こえないが、健ちゃんはぶるっと身を震わせて、そう、確かにじわっとズボンを濡らした。さすがにそこまでとは思っていなかった僕だから、僕の方もびっくりしてしまって、健ちゃんが射精したことに驚いて動揺して、頬を桃色に染めてはパッと健ちゃんの股間から手を離す。 「ごっ、ごめん健ちゃん。ぼく、ちょっとからかうつもりで、」 「はっ、はー……。いや、スマン。俺、何でも……」  猶も射精したことを隠し通すつもりの健ちゃんは、何でもないようにでも耳まで真っ赤にしてその場で俯いて、石のように動かない。しばらくの沈黙があって、僕も固まってしまってドキドキしている胸元に手をやっていて、そうだ。でもこれ、チャンスじゃないか? 一線を越える、チャンス。前から覚悟しているつもりでいたその一線が、今、すぐそこまで迫っている。僕はそっと、俯いている健ちゃんの頬に手をやる。健ちゃんの顔を上げさせる。健ちゃんのイケメンには涙が浮かんでいて、前述通り顔は真っ赤で、少しだけ息が上がっていてその目の色は熱く、健ちゃん……健ちゃんは、 (オス臭い……、)  そう、色っぽかった。だから思わず、僕の方から健ちゃんにキスしてしまおうと顔を近づけた、のだが。 「怜太、」  ぐい、と口元を健ちゃんの大きな掌に覆われて、押し戻される。健ちゃんは『ふー、ふー、』と息を吐いて、肩を揺らしながらオスの匂いをムンムン垂れ零しながら、それでも僕に、言い聞かせるように大人らしい教師らしい厳格な口調で、 「そういう、ことは……お前が大人になるまで、駄目だ」  なんていうからその純情と硬派に、僕はきゅーん、と胸を締め付けられる。だから、だから大好き健ちゃん!! そう叫び出したかったけれどゴクリと息を飲むだけで終えて、ただ僕はそっと、健ちゃんの肩に寄り添った。 「大人になるまでって、いつまで?」 「……最低でも、お前が高校卒業するまで、」 「フフッ、僕、いま中一だよ? 健ちゃん本当に我慢できるの?」 「出来る出来ない、じゃない。『する』んだよ」 「……フーン」  僕の乳首を凝視して、僕に股間をちょっと触られただけで射精する大人が、笑える決意である。でもやっぱりそういうところが大好きで、格好良くて僕もキュンキュンしてしまって、でも健ちゃんに『好き』っていうのは憚られたから『解ったよ』とだけ言った。 (あっ、でも健ちゃん。ショタコンなのに僕、大人になっても構ってもらえるんだろうか)  少ししてトイレに立った健ちゃんの逞しい後ろ姿を眺めながら、甘い余韻に浸りながらそういう不安に揺れる僕は、健ちゃんだって僕のこと、ちゃんとちゃーんと特別に思っているだなんて気が付きやしないのだ。特別だから、我慢をする。健ちゃんにとって、僕は特別。そのことに気が付くには、僕はまだ幼すぎたのである。それでも僕は、高校を卒業するまで、いいやまずは中学を卒業して日々離れ離れになっても、健ちゃん以外には靡かないことを確信していた。

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