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第13話

「私は幸せよ?」 やせ細った母は、いつもそういって笑っていた。 その言葉はまるで自分に言い聞かせる様にゆっくりと繰り返し呟かれた。 俺は母が嫌いだった。 何故笑う? 何故やり返さない? 母だって王妃、同じ立場だろう? 何故母だけが他の王妃から目の敵にされなければならない。 母は俺を置いて死んだ。 母が他の妃達に嫌がらせを受け続けていた原因が自分に有ると知ったのは、階段を落ちて行きながら、俺の体を押した犯人の顔を見つめていた時だった。 ガバルの取り巻き…… 『ガバル様こそ王にふさわしい』 なるほど……俺が邪魔な存在なのか。 次第に母の立場、自分の立場を理解していくうちに誰にも心は開けなくなった。 全てが嫌いだった。 母を守れなかった父も、俺を残して死んだ母も、俺の命を狙うガバルを王にと目論む城の連中も、神子に祈りをと押し付けて来る教会の連中も……。 「クラウス様……お気をつけて……」 そういうとセルリアは扉を閉めた。 祈りの間。 王子として生まれた者に課せられた責務。 一日一回、パルミナへ祈りを捧げる。 パルミナの樹を囲む様に立つ回廊から神官達に見張られ……敬虔な振りをして祈りを捧げる。 神子などいらない、王位などいらない……こんな国……無くなってしまえばいい。 無駄な時間を消化し終えると扉を開けて外へ出た。 「お疲れ様です。クラウス様」 セルリアは母の弟で産まれた頃から俺の護衛についている。 それは母の望みであったと聞く。 俺の館のメイドも執事も皆、母が城のメイドとして就いていた時から親しくしていた者で構成されている。 館の者達に心を許している訳ではない……ただ彼らに殺されるならそれでも良いかと思っていた。 彼らすら俺の命を狙うのなら、俺の存在は全く無価値な物でしかない。 だからセルリアに背中を任せるし、ハリスが寝室に入る事も許可しているし、マリーの作った物しか口にしない。 騎士団の指揮はガバルが摂り仕切り、政治に関してはガバルの祖父の宰相が実権を握っている。 俺はお飾りだけの役職を与えられお飾りに生きている。 部屋に籠もり、集めさせた書類に目を通す。 王は人の良い王だが、危機感が無い。 財政管理はズブズブで宰相の良い様にされている。 控えめなノックが聞こえ、入室を許可すると薄手の衣を身にまとった女が入ってきた。 「セルリア様より夜伽のお相手をするよう承りました」 セルリアが俺の性の世話をするなどあり得ない。 部屋の前に常時立つ、セルリアの目をどうかいくぐってきたのかは知らないが、その技量に敬意を表しよう。 女の体をベッドへ寝かせながら口付けを与えようとして……俺の背後に回された手首を掴んだ。 「毒針か……」 女の手に仕込まれた暗器を奪うと、暴れる腕を縛り、口へ布を押し込んだ。 「夜伽の相手を頼むぞ、俺を満足させにきたんだろ?」 もがく女の耳へ囁いた。 「クラウス様!!申し訳有りません!!王より呼び出しだと……」 慌てて部屋へ入ってきたセルリアは足元に転がる女に気がついた。 「助けて……助けて……」 息も絶え絶えの女は美しかったその顔を涙や唾液で穢し、セルリアの足へすり寄り必死に助けを乞いた。 「クラウス様……」 「ガバルの屋敷の前にでも転がしておけ」 セルリアの視線を無視し俺はまた、無意味に書類に目を通すだけの仕事へ戻った。 王は早く悟るべきだ……嫡男が王位を継ぐべしという制度の愚かさを……。 ガバルが王としてふさわしいかどうかは知らないが、俺よりは良いだろう。 ガバルの元へ神子が降り立ちガバルと共にこの国を作っていけば良い……。 そう願っていた俺の元へ……ある日神子が舞い降りた。 白い光が渦を巻き……見た事の無い、夜の闇を身に纏う男が現れた。 咄嗟に支えようと手が動いたが支えきれずに後ろに倒れてしまい神子の唇が触れる。 柔らかな唇の感触は温かく……開かれた漆黒の瞳に吸い込まれた。 これが……神子。 何故俺の前になど現れた……俺がパルミナに花を咲かせるなどあり得ないだろう? 突然始まった神子との共同生活。 俺の慣れ親しんだ者達とすぐに打ち解け笑っている。 笑い合いながらマリーと料理を作った様だ。 こんな事をしても無駄だと、手を付けずに席を立った。 泣きそうな笑顔……本当にイライラする。 火傷までして……神子は神子らしく大人しくしていれば良いのだ。 感情を押し殺した笑顔を見るのが嫌で俺は仕事を盾に部屋に閉じ籠った。 俺と愛を育む事が無理だと分かれば、パルミナもあの神子を還すだろう。神子自身も帰りたがっている。 俺はパルミナに神子を還す様に祈り続けた。 「クラウス様、神子様は幽閉の様なこの生活にお疲れの様子……明日、街へお出掛けに誘われてみてはいかがでしょうか?」 セルリアからいきなりの打診。 「何故俺がそんな事をしなければならない」 「私を含め、皆クラウス様が神子様とパルミナの花を咲かせるところがみたいからですよ」 「残念だがパルミナの花は咲かない。俺が誰かに愛を向けるなど無い」 溜め息を吐いたセルリアは「一晩お考え下さい」それだけ言って隣の部屋に戻った。 一晩考えて何が変わる。 俺はあの神子が嫌いだ。 いつでも……俺がどれだけ突き放しても静かに笑っている。 それは……心にいつまでも焼き付く笑顔と同じ。 あんな神子……早く還ってしまえば良い。 神子の望み通り、自分の世界に戻って心から笑えば良い。

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