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第14話
朝、いつもの時間にパルミナへ祈りを捧げる為にテラスへ向かうと、いつもこの時間は寝ている筈の神子がいた。
朝日の中、微笑む神子の笑顔は儚げで……その儚い笑顔と同じ笑顔をしていた人物を思い出してしまった。
それはほんの気まぐれ。
気まぐれに話してみると神子は存外に馬鹿だった。
馬鹿であったが国の事に全く興味を持たない神子は殺されても良い……ではなく。
こいつは俺を殺さない。
そんな事を思ってしまった。
俺の頭に触れた手を……心地よいと感じてしまった。
神子と別れ自室に戻った俺は続き間の扉をノックした。
「セルリア……出掛けるぞ」
セルリアは笑う。
「馬車の準備は整えております」
気まぐれだ。
気まぐれに出掛けてみたくなっただけだ。
神子が何を思っているのか探ってみたくなっただけ。
街に出掛けると神子は楽しそうにはしゃいでいる。
くだらない物を見ては笑って、俺がくだらないと斬り捨てても嬉しそうに笑う。
家にいる時とは全く違う……心が温かくなる笑顔。
神子は今度は玩具の指輪に気を取られている。
今までの物とは違い、真剣な目で見入っている。
こんな玩具がそんなに欲しいのか?
買い物などした事がないのでセルリアに代わった。
俺がいない方が落ち着いて買えるだろうとベンチで待ったが。
セルリアと楽しそうに、頬を赤らめながら指輪を買っている姿は……面白くない。
温かい笑顔だと思った物が急に心を荒立たせた。
買った指輪を嬉しそうに嵌めて眺めているのも面白くない。
「そんな物に金を出すより武器を買え。自分の身ぐらい自分で守るんだ」
「え……やだよ。人を傷付けるなんて出来ないよ」
思った通りの答えに安堵した。
この神子は誰も傷つけない……だが……黙っていれば、抵抗しなければ殺されるだけだ。
「持っていろ……俺は自分の身を危険にさらしてまでお前を助けるつもりはない」
セルリアに買わせておいた練習用の刃の無い短剣を渡した。
帰りの馬車へ神子を押し込み、俺も乗り込もうとした時、セルリアが可笑しそうに話しかけて来た。
「刃無しにしたのは……剣の扱いに慣れていない神子様が怪我をなさらない様にですか?」
「……邪推しすぎだ」
指輪を見てはにやけている神子の隣りに腰を下ろすと、神子は慌てて指輪を嵌めた手を隠した。
……邪推しすぎなのは俺の方だろうか……何となくセルリアを睨んだ。
・・・・・・
「セルリア……帳簿と土地の管理帳や収税官の名簿辺り一式を用意出来るか?」
「王に許可を頂ければ……どうなされました?」
「金の流れ……ちゃんと把握してみようかと思ってな……」
今まで流していた事をはっきりさせておこうと思っただけ……。
驚いた顔をしたセルリアだが何かを感じたのかニヤニヤと笑い出した。
「しっかり統治しておかねば、ゆくゆく神子様と共に治める国ですからね」
「違う!あいつが良い王になれって……」
つい口が滑り、慌てて口を押さえた。
セルリアの視線に顔が熱くなる。
「神子様に感謝ですね」
セルリアは嬉しそうに笑って王に話を通しておくと言って部屋に戻っていった。
……神子に認められたいとかそう言うつもりじゃ無くて……神子の言う様な国があったらどうなるか見てみたいだけで……混乱する頭で書類に目を落とした。
数日後、父から帳簿の写しと手紙が届いた。
神子と2人でいる姿が見たいと……。
パルミナの花が何だと大騒ぎする父の顔が浮かび、丸めて捨てた。
さらに数日経って父から伝令という形で神子の呼び出しがかかった。
しつこい。
勝手にしろと扉を閉じた。
俺は行く気はないし、父なら神子に危害を加える事は無い。
収税官の不正……手を組んでいると思われる領主のほとんどが宰相と繋がっている。
その証拠を見つけるのに、俺は躍起になっていた。
・・・・・・
一息付く為に部屋の外に出た。
いつもテラスに座っている神子の姿が無い。
「セルリア、神子はどうした?」
「神子様ならまだ城から戻っておりません。王は話好きですから……気になるならお迎えに参りますか?」
「……子供じゃないんだ。平気だろう」
マリーに飲み物を貰い、また部屋に戻った。
外は随分、暗くなって来た。
馬車の音はまだ聞こえない。
山の夜道は馬車では危険だろう。
流石にそんな事が分からぬ父ではない。
いつまで神子を帰さないつもりだ。
………。
「セルリア!!」
「はい」
「所用が出来た、すぐに支度しろ」
すぐに顔を出したセルリアに馬車を出す様に指示を出した。
・・・・・・
「父上、こんな遅くまで非常識でしょう。神子はどこですか」
サロンで寛いでいた父は突然の俺の訪問に目を丸くした。
「神子?何の事だ?」
「……父上がお呼びになったのでは無いのですか?」
「今日は……誰も来てはおらん……」
俺と父の間に緊張が走った……神子が……誘拐された?
一応教会にも確認を取ったが誰も姿を見ていなかった。
神子に危害を加える人間がいるなど思えなかった。この国で神子は守護神の様なもの……誰が……。
「でも……馬車は確かに王族の……っ!!」
王族の馬車……まさか。
「ガバルか……」
先に口にしたのは父だった。
「宜しいのですか?何の証拠も無く王がそのような事を口にして……」
ガバル……何故神子を……まさか……
「ガバルは母親に似て野心の強い子だ……あいつなら……お前から神子を奪おうと考えても……クラウスっ!!」
父の言葉を最後まで聞かずに飛び出した。
ガバル……
俺に神の力を与えない様に神子を殺す気か……
間に合ってくれ。
近づいた事も無いガバルの屋敷へひた走った。
ガバルの屋敷の前には明らかにおかしい数の兵士が警備に立っている。
「通せ……ガバルに会いに来た」
「いくら王子と言えど……」
どもる兵に向け剣を抜いた。
「道をあけろ……俺はガバルに用があるんだ……それとも王太子の俺に剣を向けるか?」
兵士に向け剣を構えた俺の後ろに馬の蹄が響いた。
「無茶をするな!!」
馬から飛び降りたセルリアに取り押さえられた。
無茶?証拠もなく兄弟とは言え王子の館へ押し込むのは無茶だろうが……。
「離せ!セルリア!!早く行かないと神子がっ!!」
「落ち着け、手順を踏まないとこちらがお咎めを受ける」
セルリアは一枚の紙を高々と上げた。
「俺は王直属護衛騎士セルリア・ルーカーベラス!王直々の通達だ!ガバル=ハインシュリック、神子誘拐の疑いで家を改めさせてもらう!!邪魔だては王への乱逆行為と見なす!!道を開けろ!!」
王直属護衛騎士?
聞き慣れない名に皆戸惑ったが、唖然とする兵達の隙間を潜って屋敷内へと走り込んだ。
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