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「はぁ……あ……イキ、そっ」  深夜一時――。照明の落とされた部屋にパソコンの液晶画面が眩い光を放っている。  そこに映し出されているのは、艶めかしい体をしならせて喘ぐ青年と、彼の細い腰をがっしりと掴みながら荒い息を繰り返し、逞しい腰を激しく打ち付ける年上の男。  薄らと汗ばんだ白い肌に食い込む鋭い爪。双丘の間に深く穿たれているのは太く長く、そして硬いであろう赤黒い剛直。その周囲は黒く長い毛で覆われている。 『はぁ、はぁ……っ。おらぁ、もっといい声で啼けよ!』 『いやぁ……奥……。奥が気持ち、いいっ』 『お前のユルユルなケツじゃイケないんだよ! もっと締めろっ』  パンパンと激しい破裂音と共に執拗な言葉攻め。煽られた青年もまた、快楽に喘ぎながら薄らと目に涙を浮かべている。  眩さに目を細め、食い入るように画面を見つめながらしきりに右手を上下させているのは、今年大学生になったばかりの相沢(あいざわ)(つばさ)だ。  もう何度見たか分からない翼のお気に入りのゲイビデオ『野獣に犯されて』は、獣人である男にストーキングされた幼気な青年が文字通り犯されるというマニア向けの作品である。  この作品に出逢ったのは翼が中学生の時。初めて見た時の衝撃と、腰の奥がむず痒くなるような感覚は今でも鮮明に覚えている。  一緒に住む母親の目を盗んではスマートフォンの動画サイトで閲覧し、毎晩のように布団の中で自慰のおかずとして美味しく戴いていた。  自慰を覚えたての純粋な少年だった彼が『ただエロいから』という理由だけでこのビデオにハマったわけではない。 幼気な青年を犯す獣人が、ふっさりとした艶のある青黒い毛を汗で濡らし、咆哮を上げながら彼の中に大量のスペルマを注ぎ込む絶頂シーンは何度見ても圧巻で、そのタイミングを覚えてしまった体は彼と同時に達するようになってしまった。 息を弾ませながら牙を剥き出す端正な相貌は、舞台である薄暗い寝室の中でも際立ち、美しく気高く見える。 分厚い胸板、無駄なく鍛えられた腹筋は見事に六つに割れており、彼がどれほどストイックにボディメンテナンスに励んでいるかが窺える。 青年を見下ろす金色の瞳はどこか憂いを含み、その目力だけで翼はイクことが出来た。 『――たっぷり孕ませてやるからな』  その声を合図に翼の右手の速度が増す。クチュクチュと激しい水音を立てながら自身のペニスを扱きあげると、スピーカーから聞こえてくる彼の声がまるで自身に投げかけられているように錯覚し、とても惨めで恥ずかしく、そして甘美なものとして腰から背筋にピリピリと電流が走り抜ける。 「はぁ……もっと、くださ……い。お願い……もっと、突いてっ」  思わず出てしまう恥ずかしい言葉も、一人暮らしになった今、母親に聞かれる恐怖に慄くことなくすんなりと口に出せる。  鈴口から次々と溢れ出る透明の蜜がシーツを濡らし、絶頂が近いことを知る。 『おらぁ、全部飲めよっ! ぐ――あぁぁっ!』 「あ、イク……イクッ! イク――ッ!」  ビデオの中の青年と翼の声がリンクする。頭の中が真っ白になった瞬間、目の前にチカチカと火花が散った。  その後に訪れる気怠い痺れと、右手を濡らす大量の白濁。 「――んあぁぁ。はぁ……はぁ……っ」  薄らと笑みを浮かべながら青年の背中に倒れ込む彼と目が合うと、翼は恥ずかしげに俯いて頬を赤く染めた。  しかし、そんな余韻はほんのわずかですぐに現実世界へと引き戻される。  精子独特の青い匂いが鼻を突く。右手にベットリとこびりついたモノを見つめて大きくため息を吐き、左手で箱ティッシュを引寄せる。勢いよく引き抜いたティッシュで吐き出したモノを拭う瞬間、翼のひと時の幸せが幕を閉じる。 「あぁ……虚しい。神様は不公平だ。どうして彼みたいな人が俺の前に現れてくれないんだろう。俺だってヴィジュアルではアイツに負けてないと思うんだけどな……」  賢者タイムならぬ自画自賛を交えての愚痴が始まる。  再生が停止した動画をリモコンで消去すると、薄闇の中でベッドに胡坐をかいたまま自身の萎えたペニスを見下ろす。  高校生の時に出来た彼女と初めてセックスした。でも――全然、気持ちいいとは感じなかった。  このビデオを見ながら自分の右手でしている時が一番気持ちがいい。いや、正確には画面の中の彼に見られてイクことが何より気持ちがいいことを知ってしまっていたからだ。  その頃から自分の性的志向が女性よりも男性にあることに気付いた。だからといって相手が誰でもいいというわけではない。 「セイジさん……。あんな奴より、俺の方が何倍も気持ちがいいって……」  壁に貼られた半裸男性のポスターに顔を寄せ、チュッと音を立ててキスをする。  日常生活を送る人間の姿と本能というべき獣人の姿を鏡合わせにしたような構図のポスターを眺め、うっとりとため息を吐く。  目を細め、こちらに微笑みかける彼に照れながら翼は毛布を頭から勢いよく被った。  童貞を捨てた彼女よりも、もっと愛してやまない男――その名は依田(よりた)聖司(せいじ)。 『セイジ』という名でAV男優として名を馳せるAV界のレジェンドだ。  鍛えられた肉体美、モデル顔負けのスタイルと美貌、そして何より腰が砕けそうになるほどの甘さを含んだ低い声。  そんな彼に一目惚れした翼。彼が翼にとって初恋の人であることは誰も知らない……。

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