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第1話
何故だかそわそわと落ち着かない。
風が騒いでいる。
— はやくはやく —
— けがをしてるよ —
— たすけてあげて —
風に導かれ、森の奥の少し開けたところに全速力で駆けつけると茶色い髪で黒い身体で、顔だけが肌を晒した小さな子がいた。
下半身が無い……? これではすぐに死んでしまう…… 本当に生きているのか?
「うぅ……」
生きている! 早く里に連れて行って治癒してもらわねば!
傍らに跪き、よく見ると2本だけ脚があった。なるほど、脚が2本の種族なのか。そして身体に怪我はなさそうだ。こんな姿の生き物は初めて見るが、怪我はそれほど酷くないようで良かった。
だが頭から血を流し、意識も無いようだ。小さな生き物は総じて弱い。
私は急いで抱き上げて治癒師の元へ連れて行った。
「命に別状はないが、治癒術の効きが悪い。跡が残るかも知れんな」
「そうか。オメガだから気に病むかも知れないが、私が支えよう」
「気に入ったのか?」
「気に入ったどころじゃないさ。ほら」
「!! ……そうか。良かったな」
抱き上げた瞬間に右肩に熱を感じ、見ればトライバルタトゥーが浮かび上がっていた。こんなに目立つのに怪我人にしか目がいかないなんて。仕事熱心な治癒術師に深く感謝した。
……やっと見つけた、私の運命のつがい。
「ん……」
少年が身動ぎしてぽっかりとその目を開けた。ぱっちりとした黒目がちな瞳に心臓が早鐘を打つ。
「ここは……?」
「ここはケンタウロスの里。君は怪我をして森に倒れていたんだ」
「怪我……」
巻かれた包帯に触れるが、痛みはなさそうだ。
「ケンタウロス………………!?」
何かに驚いているようだが、驚くような物があっただろうか?
「ケンタウロス!?」
「何を驚いている? 珍しい物があるのか?」
「あ……あなた達が珍しいんです!」
ケンタウロスの里にケンタウロスがいて、何を驚くのだろう?
「ぼくのいた所には人間しかいなくて…… ケンタウロスは想像上の生き物とされています」
「ニンゲン、と言うのは君みたいな種族の事か?」
「はい。二本足で歩いて毛皮を持っていない生き物です」
「それは毛皮ではないのか?」
「これは服です。毛皮の代わりに寒さから身を守ります」
彼は不思議な手触りの毛皮…… ではなくふく、を脱いで見せた。白くなった!
「これも服です。これ以上は親しい人にしか見せないので……」
また色が変わるのを期待したのに断られた。いや、親しくなれば見られるじゃないか。
「君は私の運命のつがいだ。この上なく親しいと思うのだが?」
「うんめいのつがい?」
今度は私が驚く番だった。
「あの…… 助けてくれてありがとうございます。ぼくは碧葉 、井ノ又 碧葉 です。」
「あぁ、私はリュカだ。良ければ私の家に来てくれ」
「ご迷惑では?」
「来て欲しい。そしてずっと一緒に暮らして欲しい」
「ぼく……、家に帰りたいです」
つぶらな瞳から大粒の涙がこぼれ落ちる。泣かせたくない。だが、手放したくない。
「アオバの家は探す。だが帰り道が分かるまではうちにいて欲しい」
「はい……、よろしくお願いします。」
華奢な身体を抱きしめて、治癒術師に礼を言って家に帰った。
「く〜…… きゅるるるるる〜〜」
何やら可愛らしい鳴き声がアオバから聞こえた。
「アオバの鳴き声か?可愛いな」
「……き、聞こえたんですか? お腹が空いたんです……」
「アオバの種族は何を食べるんだ?」
「えぇと…… 野菜、果物、肉、魚、穀物…… です。でもぼくは肉はあまり好きじゃなくて」
他は分かるが、野菜?
肉を食べると言う事はこの小さな身体で狩りをするのか? いや、羊や鳥を飼っているんだろう。……羊に遊ばれそうだが。
とりあえず果物と穀物ならあるから食べさせよう。
「あのう…… 穀物は加熱しないと食べられないので、果物だけいただきます」
「かねつ……」
「肉や魚を焼いたりしませんか?」
「肉も魚もそのまま食べる。焼いたら真っ黒になって食べられなくなるぞ」
「燃やす訳ではなくて、美味しくするんです」
火は灯りや暖をとるために使う。弓を作るのにも使うが、食べ物に使うのは聞いた事がない。
「この布はこの里で作っているんですか?」
「ぬの…… 織物はアラクネ達からもらう。家を作るのに必要だからな」
「服は着ないんですか?」
「織物は貴重だし毛皮があるからふくは要らない。織物は家の一部にしか使わない。これはアラクネの長の息子を助けた礼にもらったんだ」
小さなアオバならすっぽり包む事が出来そうな大きさの、光沢があって手触りの良い織物。なかなかもらえる物じゃない。
織物を手に入れようと思ったらアラクネ達の好きな植物を見つけて交換するか、荷運びや力仕事を請け負ってその対価としてもらう。
羊の毛も欲しがるのでそれと交換する事もある。
「あっ! その実は一口で食べないと汁が……」
ぷちゅっと弾けた皮からたっぷりと溢れる果汁。ふく、と言うものが濡れて顔と同じような色に変わった。露の実の汁は色がつかないはずだが。
「甘〜い! でもペタペタする……」
困った顔も可愛い。川で身体を洗えば大丈夫だから、連れて行こう。
「食べ終わったら川で水浴びをしよう」
「はい」
アオバの口は小さくて、露の実が一口で食べられないようなので、他の食べやすそうな実を勧めた。かなり柔らかいものしか食べられないようだ。
片手に乗るほどしか食べていないのに、満腹だと言う。少食だから小さいのか? いや、まだ子供なのか。
川に連れて行くと、川に手を入れて何かを確かめた後、何故か水に入る事を躊躇う。そうか、小さいから流される危険があるのか。
「アオバ、私が洗ってやろう」
「い、いや、自分で……」
遠慮する必要なんてないのに。
ひょいと抱き上げて川に入り、ゆっくりと水につけた。
「ひっ! 冷たいっ!」
「冷たい?」
「ふっ、服、濡れちゃったら、着替えがないのに!」
その服を洗いに来たのだから、身体ごと洗った方が早いはずだ。何か間違えたのか?岸に上がって地面に降ろすと、アオバはガタガタと震えている。何故、水を払わないのだろうか?
「アオバ、何故身体を揺すって水を払わないんだ?寒いんだろう?」
「服は脱いで洗うもので、着たまま水に入ったりはしません! ……ふぐっ……うぇっ……ぐぅぅ……」
目に涙をいっぱい溜めて、でも泣かないように我慢している。あぁ、泣かないでくれ。
「すまない。すぐに脱いで……」
「こんな所で、着替えもなく脱ぐなんてできません!!」
ますます怒られた。
「い、家ならいいのか?」
「うぅぅ…… 家なら、良いです」
また抱き上げて大急ぎで家に帰ると、服を脱ぐから向こうを向けと言われた。
あ。
「この織物を服の代わりにできないか?」
「見ないで下さい!!」
織物を渡そうと振り返ると、上半身だけでなく腰から下も毛皮のない、全身ツルツルの後ろ姿が見えた。尻は小さすぎて、俺を受け入れられないんじゃないだろうか。とにかく小さい。
それに、尻尾がなかった!!
「尻尾を無くしたのが恥ずかしいのか?」
「人間に尻尾はありません!」
「怪我でもしたのかと心配したが…… 尻尾が無いと大事なところが丸見えじゃないか」
「だから服を着て隠すんです!」
「寒さから身を守ると……」
「もう! 良いからまず、織物を貸して下さい!」
織物ですっぽりと身体を覆ってしまった。つるつるの身体は華奢で柔らかそうでとても興味深いから、もっと見たかったのだが。
「まだ寒いか?」
また抱き上げると、確かに冷えていた。
「温かい……」
「このまま温めてやろう」
火を焚く季節ではないので家の中に薪を用意してなかった。後で持ってこなくては。抱き上げたまま寝床に座り、何とは無しに柔らかい頭の毛を弄んでいたら、アオバはいつのまにか眠っていた。
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