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第2話

翌朝、目を覚ましたアオバは器用に織物を巻きつけて濡れたふくを木の枝に広げてぶら下げた。 「この織物は貴重なんですよね」 「そうだ。普通の織物はもっと硬い」 「なにか服に出来そうな物はありますか? 動物の皮とか」 動物の皮ならある。 たしか赤ん坊用に柔らかくした皮が長の所にあるはずだ。 「長に挨拶に行って、使えそうなものをもらおう」 「すみません、対価は……」 「アオバは私のつがいだ。すべて私に世話をさせてくれ」 「お返しできる物が見つかるまで、お言葉に甘えさせて下さい。 ……そう言えば運命のつがい、って、……何ですか?」 「知らないのだったな」 く〜きゅるるる〜…… 空腹の時の鳴き声だ。 食事をしながら話をしよう。 甘くて柔らかい果物と水を用意して、テーブルの上に並べた。私は座って丁度いい高さなのに、アオバは立たないと届かない。近所から子供用の台を借りてきた。 「ありがとうございます。いただきます」 中身は柔らかいが殻が硬い実をナイフで割ってやれば自分でもやりたがる。だがコツを掴んでないから割ることが出来ない。 「ここにナイフを引っ掛けて捻ると割れるんだ」 真剣な顔で説明を聞き、やってみるとすぐにできた。アオバは器用だ。 「それで、運命のつがいについてだが……」 私は皆が当たり前に知っている事を話して聞かせた。 ケンタウロスは発情期(シーズン)になるとフェロモンを出してその発情期(シーズン)だけの相手を誘う。だが、運命のつがいを得ると他の誰にも発情しなくなる。そのかわりつがいとだけは発情期(シーズン)以外にもつがうことができる。 運命のつがいを得た証に、身体にのどこかにトライバルタトゥーが現れる、と。 「アオバにも私と同じタトゥーが浮かび上がっているはずだ」 「……ありませんよ」 「オメガのタトゥーは小さいし、うなじとか脇の下とかの、きっと見つかりづらいところにあるんだろう」 「おめが?」 オメガも知らないのか? アオバが両手を上げて脇の下を確認しているが、無いようだ。後で他の場所を探させてもらおう。 食事が終わったので長の所に行く。 アオバはふくが…… と気にしているが、ケンタウロスはふくを着ないから何が気になるのか分からない。 長に運命のつがいを得た事を伝え、アオバを紹介する。そしてアオバの家も森の見回りのついでに探してもらうよう、頼んだ。 「それと、アオバはニンゲンと言う種族で、毛皮がないからふくをきるのだそうだ。身体を包める大きさの柔らかい皮があったら譲ってくれ」 「分かった。探して届けさせよう」 「あの、ありがとうございます。しばらくお世話になります」 アオバは丁寧に頭を下げてそう挨拶をした。 私は今日は夜警に回してもらったので、アオバを私の腕の中で寝かせてやれない。1人で眠れると言うが、心配だ。 「寝床はここだが、眠れるか?」 「えっ!? 藁に直接寝るんですか?」 「? ニンゲンはどうやって寝るんだ?」 「ええと…… マットと、織物で包んだ綿を敷いた上で横になって暖かい季節は毛皮のような織物を乗せます」 「そんなに織物を使うのか!? アラクネに近い種族なのか?」 「アラクネを見た事はありませんが、多分違うと思います」 ケンタウロスもアラクネも知らないなんて、一体どこに住んでいたのか。あまり遠くないと良いのだが。 一度に食べる量が少ないせいか、また腹が減ったようだ。たくさん食べて大きくなって欲しい。果物ばかりでは具合が悪くなるので、穀物を食べたいと言う。 だが、穀物をにるなべ、と言うものが分からない。桶に似た物のようだが、金属製の桶はない。それを使ってかねつするらしい。桶でも良いだろうか? と、悩んでいたらアオバが丸い石を拾って来て水で洗って火の中に入れた。 水を汲む桶に穀物と赤ん坊が食べる柔らかい草と水を入れて熱くなった石を入れる。ジュワッと言う大きな音と白い靄がでた。また石を取り出し、他の熱くなった石を入れるのを数回繰り返すと、不思議な香りがして来た。そして最後に細かく砕いた岩塩をひとつまみ。 魚も食べると聞いていたので川で獲って来たら、治癒師に教えてもらった無毒で味の無い細い枝に刺して、やはり岩塩をまぶして火で炙った。 私が食べてみたいと言うと、惜しげも無く分けてくれる。 「美味い! こんなに美味い物を食べたのは初めてだ!」 穀物で作った「ぞうすい」と言う物は柔らか過ぎて飲み物かと思ったが、アオバはもぐもぐと口を動かしている。こんなに柔らかくても噛むのか。 「お口に合って良かったです」 「その、『にるなべ』と言う物があるともっと色々作れるのか?」 「あはは。『煮る鍋』じゃなくて『鍋』です。他にもフライパンとかあると良いなぁ」 「金属の物はドワーフが作っているから、今度行こう!」 「え……でも……」 「頼む! アオバが作る美味い物をもっと食べたいんだ!」 「分かりました。そういう事ならお世話になっているんですから、がんばって美味しい物作りますね!」 アオバに必要な物はマットとふくと毛皮と、なべとふらいぱん。今夜の見回りが終わったら長にドワーフの里へ行く事を相談しなくては。 出かける前に寝床の藁の上に羊の毛を押し固めたマットを敷いたら、アオバが目を輝かせた。 「うわぁ、ベッドだ! これ、フェルトですね。これならちくちくしない!」 「ちくちく?」 「藁を触ってると……ほら」 傷と言うほどではないが、赤くなっている。こんなに弱い種族なのか。 ぺろり 「何するんですか!?」 「ん? このくらいの怪我なら舐めておけば治るだろう?」 「舐めなくても治ります!」 「すまない」 嫌がる事をしてしまった。 「いっ、嫌なわけじゃなくて恥ずかしいんです! もう! 耳を伏せてしょんぼりするとかずるい!! なんでも許したくなっちゃうじゃないですか!」 それは良い事を聞いた。 何か頼む時は悲しい気持ちを表現しよう。 「アオバ…… 出かける前に抱きしめても良いだろうか?」 抱きしめさせてくれないと悲しい、と思いながらそう言うと、アオバは顔を真っ赤にして散々迷った挙句、どうぞ、と言ってくれた。 小さくて腕の中にすっぽり収まる感じがとても心地良い。そして感じるアオバの香りは、今までにない安心感と興奮と微かな情欲を抱かせた。 「も、もうお終いです!」 お終いと言われてがっかりする。私はずっと抱きしめていたいのに。 両手を私の胸に押し当てて力を入れている風にも見えるが、あまりにも力が弱い。本当にやめて欲しいと思ってるのだろうか? 本気かどうかは分からないが、嫌われたくないので寂しさを堪えて手を離した。 「行ってくる」 「行ってらっしゃい。あの…… 気をつけて」 怖がらせたくないから森に危険な動植物がある事は知らせていないのに、気遣ってくれるとは。怪我もしていたし、もしかして森で怖い目にあったのだろうか? 「アオバは怪我をして森で倒れていたが、怖い目にあったのか?」 「……すみません、覚えていません。どうして森にいたのか、どうやって森に行ったのか。何も覚えていないんです」 「そうか。家を探すにも手がかりが欲しいから、何か思い出したら教えてくれ」 「はい」 改めて出かけようと頭を撫でたら、気持ち良さそうに目を細めてすり寄ってきた。 可愛すぎる!! ただでさえ可愛らしい姿なのに、仕草まで可愛くて、これではアオバの成長が待ちきれない危険がある。厳しく己を律さなければ。

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