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プロローグ
皆の知っての通り、この世界には男女の性の他にもう一つ、アルファ、ベータ、オメガの性がある。
アルファは肉体的にも精神的にも強く、そして知能も高い。
ベータは一般的な能力を保持し人口の八割を占める。
そして、オメガは肉体的にも精神的にも脆く、一般的な生活や就労に耐えられず、一般的に三ヶ月に一度訪れる発情期のために定職に就くことすらままならない。
発情期を収める方法はただ一つ。
自分の胎内にアルファの精液を丸一日かけて取り入れること。
そして、オメガのもう一つの特性は男女問わずに子供をなせること。
特に、アルファの獣人とオメガの雄の個体から生まれた獣人は、能力が高いことが知られており、国を挙げてこの組み合わせでの種族繁栄を推進している。
そんな、アルファの雄獣人とオメガの人間においても例外なく皆が恵まれているわけではなく、ここにも一組の平凡なアルファとオメガのカップルが存在した。
平凡というよりかはやや、人並み以下の生活を送っている、と言った方がいいのかもしれない。
俺の旦那は、獅子獣人ミケ。
アルファらしい逞しい肉体を持ちながら、少し間抜けなところがキュートなのである。
ミケはアルファにもかかわらず知能レベルは一般的で、職業はその肉体を生かし建設業に就いていて、その収入の影響からか二人で2DKの古アパートに住んでいる。
今日も重い建材を一人で運んで、現場仕事に貢献していたようだ。
かくいうオメガの俺は、晴天に恵まれた火曜日の昼下がりミケの下着を洗濯していた。
三階建てのアパートの最上階、角部屋のここは目の前が公園になっていてコンクリートジャングルの東京でもある程度遠くを見渡せる。
俺は、ミケの現場のある方向に目をやり彼の勤労に感謝しつつ、安全を祈願する。
後数時間もすれば、会えるのに。
それでも、あいつにもしもの事があれば俺は、精神的にも生理的にも生物学的にも生きていけない。
俺はオメガ。
世界最弱の存在。
虐げられしもの。
だけど、俺たちは他のアルファとオメガのカップルのようには恵まれていない。
ミケは何故かアルファでありながら知能レベルが一般的で、一族から絶縁されてしまった。
俺は俺で、オメガに甘んじるのが嫌で家を飛び出した。
そんな俺たちは、雨に濡れた新宿で出会った。
当時の俺たちには金も生きる力もなく、シェルターにお世話になったり公園の炊き出しに並んだり、日雇いの仕事に就いたりしてなんとか食いつないだ。
気がつけば、ミケは俺を守るように後ろから抱擁して眠りにつくようになっていたし、俺もそんなミケのアルファのフェロモンと雄の匂い、そして心のぬくもりに触れてミケを求めるようになっていった。
2年前なんとか8ヶ月をかけて、必死こいて自立のために奔走した。
それで手に入れた今の生活はまるで夢のようで。
でも、他のカップルとは違う分俺たちには俺たちの努力が必要だ。
特に金銭面の努力だ。
周りを一番驚かせるのは、俺はオメガだが働いているという事実である。
人に堂々と言える仕事ではないが、金にはなるし渋々ミケの同意も得ているし。
さて、アルファとオメガというのは一度番になってしまえば、他のアルファの子供を孕むことはない。
俺の首筋には獅子獣人ミケの歯形、マーキングの跡が深々と刻み込まれている。
毎日日常の様々な瞬間にそこを撫でて自分とミケの関係性を確認し、安堵する。
そんなことを考えていたら、もう時計は17時過ぎ。
今夜の夕食でありミケの大好物であるカレーライスは火をとおすだけ。
ミケの帰りを待ちながらボーッと外を眺めていると、自分に微熱があるのが分かった。
カレンダーを確認すると丁寧に今日を含めた1週間に線が引いてあり、それが俺の発情期が近いことを示していた。
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