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噂の住人

コユキがテイラー家に来たのは寒い冬の日だった。薄い布切れ一枚で屋敷に行けば、主人であるアドルフ様が綿で出来たふっくらした服を着せてくれた。『この家はアタリだ』と思った。 人間のオメガとして今まで見窄らしい生活を送っていたコユキは、これからそれなりの良い人生を送れるだろうなと半ば確信に近いものを感じた。 使用人のナギさんから任されたのはアドルフ様の世話だ。もちろん夜の営みも含まれている。 獣人相手にそういう事をするのは怖いし嫌だった。でも、彼はオメガに服を与えてくれるような人だったからそこまで憂鬱な気持ちにはならなかった。 実際、初めてアドルフ様とした時は痛みより快感の方が強かった。こんな獣人は中々いない。 最初は絶望しながらこの屋敷に来たが、今ではオメガなりに幸せな毎日だと感じている。 「アドルフ様、起きてください。もう陽が高く昇ってますよ」 「…カーテンを閉めてくれ」 俺の仕事は昼近くにアドルフ様を起こすところから始まる。狼だからなのか、朝は弱いらしく朝から活動している姿を見たことがない。 この起こす作業が意外と骨が折れるのだ。 「お昼はどうしましょう。オムレツ?ベーコンでも焼きますか?ナギさんは今出掛けてるから俺が作りますよ」 「ソーセージとビール」 「分かりました」 それは果たしてご飯と言えるのだろうかと疑問が湧いたが、主人に意見することは出来ない。素直に頷くと早速キッチンに向かおうと踵を返した。 「コユキ、待て。あの部屋にはもう飯は運んだか」 「…いえ。まだですが」 「そうか。なら様子を見がてら俺が行く」 淡々と話すアドルフ様の顔をじっと見つめる。 たまに会話に出てくる謎の部屋の人物。…いや、もしかしたら人じゃなくて動物かもしれない。 俺が来た時から、二階の一番奥の小さな部屋には鍵がかかっていて、立ち入ることは禁止されている。ナギさんがご飯を持っていけない時は俺が代わりに部屋の前に置いておくのだけど、正体の分からないその部屋の住人に興味を抱かない筈もなく…。ずっと気になっているのだ。 今、その部屋の話題が出た流れでさり気なく聞いてみようと意を決して口を開いた。 「あの部屋には誰が住んでいるですか?全然出てこないなんて、随分と恥ずかしがり屋ですよね」 ちらりとアドルフ様の様子を伺えば、険しい目で俺を見てきた。途端、動かなくなる体。危機を感じてうるさくなる鼓動。やはりアルファには敵わない。 「お前は知らなくていい。それよりも飯」 「わ、分かりました」 逃げるように部屋を出て心臓を落ち着かせる。 一体あそこには何があるのか、それを知る日は来るのだろうか。

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