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アドルフはナギが用意していたサンドイッチの乗ったトレーを手に取ると、薄暗がりの廊下の角にある部屋に向かった。
無遠慮に扉を開けると、すぐに目に入る小さめのベッドでヒヨリが勢いよく体を起こした。
「アドルフさん!今日はアドルフさんだ!」
「声が大きい。静かにしていろ」
さっそくトレーごとヒヨリに渡せば、腹が減っていないのか、ゆっくりとサンドイッチに手を伸ばした。その様子を見ながら少し離れた古い椅子に腰をかける。
以前よりもさらに体が細くなった気がする。この部屋にずっと居るのだから肉がつくのが普通だと思うのだけど。
ヒヨリは、俺と番ってからと言うものずっとこの部屋で生活をしている。一言で言えば閉じ込めている訳だ。
ナギからそれを提案された時は若干迷ったが、あまりにもヒヨリが変わらず笑うから、頭を縦に振った。もしヒヨリが悲しそうな顔をしていたら少しくらいの反論はしたかもしれない。
こいつは何で怖がらないのだろう。何で泣かないのだろう。
不思議な奴だと改めて感じながら、もさもさと小さな口で頬張っているヒヨリをぼんやりと見つめた。
「…お前、発情期は」
「この前終わったよ。アドルフさん全然来てくれないんだもの。ちょっとは助けてくれてもいいのに」
「随分と偉そうな物言いだな」
そう言うと手を休め、俺の方に顔を向けた。
「もしかしてまだ怒ってる?…怒ってるよね。人間と番うのって本当は駄目なんでしょう?」
「…知ってたのかよ」
「うん。でも、俺のこと嫌いにならないで」
ヒヨリの口から懇願するような言葉が出るとは思いもしなかった俺は、思わず目を丸くした。
口角はいつも通り上がっている。だけど表情がいつもより曇って見えた。
そんなヒヨリに気づかない振りをして話題を変えた。
「お前の熱の発散を手伝う気はねぇよ。コユキと大体周期が被ってる」
「コユキ…?あ、ナギさんから聞いたことあるよ。俺と同じ人間のオメガ」
「そうだ。だから発情期に飲む薬をやってるんだろうが。まだ残ってるだろう」
「えーと…」
「…まさかもう無いとは言わないよな?」
目を泳がせるヒヨリに確信した。
「飲み過ぎだ馬鹿!今度またやらかしたら山の中に捨てるからな」
「そんなの酷いや!」
呆れながらもう部屋を出ようかと立ち上がると、ヒヨリが『待って』と引き止めた。
「アドルフさん、お願いがあるんだけど」
「…お願いだぁ?」
何だかんだと話を聞いてしまう自分にため息が出た。
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