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第1章「恋を失う」1

失恋で泣くなんて情けないと思っていた。それなのに、何をしていても気づけば涙が零れてしまう。 失って初めて、僕は彼のことをこんなにも好きだったのだと気づいたんだ。 彼の心が冷めていくのを見せつけられるのが怖くて、自分から別れを告げたくせに。 ああ、まただ。 涙が勝手に頬に伝い落ちる。 拓斗はアパートの自室の鍵を開け、狭いキッチンを通り抜けて、奥の部屋のベッドに身を投げ出した。 スーツがシワになるのは分かっていたが、上着を脱ぐ気力もない。 「……っう」 バスの中では必死に堪えていた嗚咽が漏れ出る。 もう我慢しなくていいのだ。枕に顔を押し付けて、思い切り泣けばいい。 たかが恋ひとつ失ったぐらいで、自分の周りは何も変わらない。 日曜が終われば、また通勤バスに揺られて、会社に行かなければならないのだ。もう顔を合わせれば苦しいだけの、彼がいる会社に。 変わらない日常に、変化があったとすれば、目に入る全ての景色が、色褪せてくすんでしまったことだ。 でも、それだって、自分に合わせて周りが変わったわけじゃない。自分の心がそうさせているだけだ。 つまずいて立ちすくみ、身動きが取れずに泣いてばかりいる心を置き去りにして、変わらない日常は素知らぬ顔をして、時を刻んでいく。 ひとしきり、思いっきり泣いて、拓斗は枕から顔をあげた。

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