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第1話 獣人の一家

「シリルくん、寒かっただろう。さあ入って。ここがきみがこれから過ごす家だよ」  豹の頭を持つシュレンジャーがぶるっ、と首を振ると、フードから雪の塊が落ちた。同じように頭や肩に雪をかぶっていた人間の少年を、その長い爪で傷付けないようにそっと押した。 「お、お邪魔します、シュレンジャーさん」  シリルはシュレンジャー家の入口へと足を一歩踏み出した。暖炉からはパチパチと薪がはじけ、部屋の隅に置かれた干し草の香りが鼻に届いた。夏を思い出させる乾いた香ばしい香りだ。乾燥した清潔な、暖かい家――。シュレンジャー家に初めて足を踏み入れた印象はそれだった。 「お帰りなさい、父さん! 今日の晩ご飯は(うさぎ)のスープだって!」 「グレン、ただいま」  タタッと軽い足音がしたかと思うと、すぐ傍のシュレンジャー目がけて豹の頭をした子供が駆け寄ってくる。背はシリルと同じくらいで、白い毛並みが美しい獣人だ。父親と同じく、上半身はモコモコとした白色と黒のまだら模様に覆われ、手は毛むくじゃらの五本指、二本脚で立っている。 「今日はもう宿題を済ませたんだよ」と得意げな子供は、シュレンジャーと彼にしか分からないような話をしている。ひとしきり父親と話すと、父親に抱きついたまま訝しげな水色の瞳をシリルに向けた。 「この子が母さんが言ってた子?」 「そうだよ。今日から私たちの家族のシリル君だ。仲良くするんだよ、グレン。兄弟が欲しいって言ってたじゃないか」 「兄弟」という言葉を耳にした途端、子供の表情が険しくなった。尖った牙を見せ、「ウウ…」と唸り声を上げている。とても歓迎されているとは思えない。シュレンジャーが、ふさふさとした毛に包まれた手をたしなめるように取った。 「グレン、人前で唸る癖はやめなさい。シリル君は山菜やキノコに詳しいから、どんなものが食べられるのか教えてもらうといい。秋に笑いダケを食べてひどい目に遭っただろう?」  グレンの耳が横向きに伏せられる。聞きたくないことらしい。 「父さん、言わないでよ。いつも食べてるのと見た目が同じだったから分からなかったんだ。……ねぇ、ほんとう? きみ、毒キノコと食べても大丈夫なキノコの区別が付くの?」  牙を見せていたさきほどとは違い、薄水色の瞳を輝かせてシリルを覗き込んでくる。 「う、うん。ほとんど分かるけど、中にはどっちだか分からないものもある。そういう時は食べないようにしてるよ」  豹人の子供は、宝石のような瞳をパチパチと瞬かせると父親にしがみつくのをやめ、シリルに向き直った。 「この前、綺麗な色のキノコを見付けたんだ。切り株の根元に生えてた。雪がやんだら、一緒に見に行ってくれる?」 「いいよ」 「じゃあ約束」とグレンが爪の伸びた手を差し出すので、シリルは引っ掛からないように気をつけながら人とするように握手した。手の内側の肉球がぷにぷにと柔らかくて気持ちがいい。 「俺はグレン。グレン・シュレンジャー」 「僕はシリル。よ、よろしく」  シリルは獣人とあまり接したことがないから、力の加減が分からない。少し力を入れてみると、同じように返された。仲良くなれそうだ。数日前に天涯孤独になったばかりのシリルはほっとした。 「夕食が出来たわよ。あらあら、こんな扉の前で立ち話なんて。もっと暖炉のそばに行きなさい、皆。今夜は冷えるわよ」  母親らしき黒豹の獣人が、お玉杓子を手に部屋の奥から現れる。美しい毛並みの黒豹で、琥珀色の瞳と見事な細く長い尻尾を持っていた。 「シリル君ね? 話は聞いているわ。つらいでしょうけど、この家ではなにも心配することないのよ。シリル君の家の習慣と違ったり、ヒトと獣人の違いで困ることがあったら、なんでも言ってちょうだい。もちろん、グレンに意地悪された時もね」  頭を柔らかい手で撫でられ、しゃがんで抱きしめられる。母親とはこういうものだった、とシリルの胸に温かいものが広がってゆく。 「さ、夕食にしよう。シリル君、あとできみの部屋に案内するよ」 「兎肉、兎肉!」  豹型の子が踊りながら歌う。獣の姿をしているというだけで、話す言葉も習慣も着る服もほぼ同じなのだ。初めて食べた兎の肉は柔らかくもちもちとしていた。温かく、心安まる晩餐をシュレンジャー一家と堪能した。

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