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第2話 両親との思い出
シリルは一週間前まで、両親と森の奥でひっそりと暮らしていた。獣人の多いこのハムスタッドでは珍しいことに、父母はどちらも人間で、山菜や木の実、キノコを採り自分たちの食べてゆくだけの野菜を作っていた。両親ともに菜食主義者で、肉を食べることはなかった。シリルも生まれたときから肉を口にしたことはなく、山の幸だけを食べて十歳の誕生日を迎えた。
先週のことだった。オメガだった母に予定より早く発情期 が訪れてしまった。人間、獣人問わずオメガ性を持つ者特有に三か月に一回訪れるという発情期は、オメガ本人には熱とだるさ、頭痛などに悩まされると聞く。しかも厄介なことに、そのような体の不調に苛まれているオメガの望むと望まざるとにかかわらず、アルファ性やベータ性を持つ者を惹きつけてしまうのだ。
「お母さん、顔が真っ赤だよ。汗もたくさんかいてる。風邪ひいてるの?」
まだアルファやオメガなどの体の仕組みを学んでいなかったシリルは、山菜を積んだ籠を背負って帰宅したとき、まるで性質の悪い風邪をこじらせてしまったような母にそう言った。いつもなら台所で温かい夕食を作ってくれる母は寝台で頭から毛布を被り、身動きも取れない有様だった。
「ええ、急に具合が悪くなって。……お父さん、お願い。一番近くの薬屋さんに行って、抑制剤を持ってきてほしいの」
「もちろんだ。しかし……」
父が一瞬、シリルの顔を覗ったように見えたので、シリルは首を傾げた。
「この子はまだ性分化していなかったか。もしオメガならお前のそばに置いておけるんだが、それ以外となると、お前のフェロモンに影響されてしまう。……おとといくらいに流れ者のア
ルファ獣人が森に入ったと聞いたばかりなのに、間の悪いことだ」
言い淀む父と苦しそうな母を見て、シリルは彼らを安心させようと口を開いた。
「お父さん。僕、獣人からお母さんを守るよ。いつもお母さんがしてくれるみたいに、濡れたタオルを絞ったり、部屋を温めてあげる。だから心配しないで」
ふたりとも喜んでくれるだろうと思った言葉は、父の唸るような声でかき消された。
「駄目だシリル、お父さんと一緒に来なさい。メリル、家の内側からでいい、暖炉に置いている鍋を通す棒で内側から閂 を架けるんだ。家の中で一番強い金属だ」
「分かったわ。……シリル、いい子だからお父さんと一緒に行ってちょうだい。看病してくれるのは嬉しいけれど、あなたに移ってしまうかもしれないの。ごめんね」
頬を軽く撫でられ、その手が持つ熱に驚いた。母は重病人なのだ。「ううん、気にしないで」と言い残し、シリルは父と馬に乗り森の入口へと向かった。
馬に出発の合図を送ったとき、折り悪く雪が降り出した。いつもは荷物やひと一人しか乗せない馬だから、シリルと父が乗っているだけで歩みが遅くなる。顔が痛くなるほどの寒さのなか悪路を進み、薬をもらって森に戻ったときにはもう真夜中と言ってもいい時間になっていた。
遠くから見ると、シリルたちの家は普段と同じようにオレンジ色に光っていた。だが、いつものように窓から洩れる四角い灯りではなかったので、シリルは不思議に思った。
「ねぇお父さん、窓じゃないところから灯りが洩れてる。……なんだかおかしい」
「なんだって!」
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