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PROLOGUE

 それまでは、ずっと幸せだった。  淡いクリーム色の髪も、輝くようなエメラルドグリーンの瞳も、彼のすべてが愛おしい存在として目に映った。  少し我儘な所も、口が悪い所も、全部全部、愛していたのだ。  私たちは運命の番ではなかったが、今まで仲睦まじくやっていた。  私は、彼が希望した通り、彼以外の后を娶ることは無かったし、彼もまた私だけに心を許していると、そう思っていた。  周囲の側近たちが、彼の事を悪く言う事はあったが、私は彼を一番に信じていたのだ。  だから、この幸せは永遠に続くのだと、そう思っていたのに。  ――なのに、彼、オーロラは、二人だけの秘密の場所で、あの日、私にこう言った。 「俺は運命に会ったんだ。あんたには悪いが、俺はあの人と一緒にならないといけないんだよ。だから、あんたとはこれきり」  そう言ったオーロラの少し離れた後ろには、一人の男が居た。  長身で屈強な体躯をした、武人と言った風貌の男。  短い黒髪をオールバックにしたその顔は、氷のように冷たい美しさを持っていた。  その男の名前は、シュヴァルツ。  我が国、リィンフォースと、長年敵対関係にある、ティルノナーグの王。  それが男の名前だった。  一か月前に開催された、国家間の会議の折に二人は出会い、己たちが運命の番であったと知ったと、オーロラは弾む声で私に話した。 「まぁ、あんたもさ。獅子なんだから、もっとハーレムとか作ってさ。俺なんかより綺麗な奴探せばいいだろ? どうせ、あんたも俺の容姿が好きなんだろうし」  はっと、鼻で笑った様にオーロラが美しい顔を歪め、言う。  側近や他の民が、オーロラの事を褒めるのは、その外見についてだけだった。  生まれも貧しく、品性にかけるのではないかと、側近たちは陰でオーロラを落とすような発言をしていた事もあった。  しかし、側近たちの口は私が封じ、オーロラの傍には偏見を持たないような有能な人材を揃え、彼の心が休まるように心掛けたつもりだ。  王と言う仕事は忙しく、中々ずっと傍には居る事は出来なかったが、私はオーロラの事を思わなかった日は無かった。  しかし、オーロラの中では、私の対応は、きっと意味のない事だと思われていたのだろう。 「私は、そなたのすべてを愛おしいと思っていたのだ。外見だけではない!」  美しい容姿は確かに気に入ってたが、性格も仕草も、私にとっては愛しいものだった。  だからこそ、ただ一人伴侶として選んだのだと。  だが、オーロラは今まで私に見せたこともない恍惚とした顔で、大きく高笑いを上げた。 「あはは! おっかしいの! あんた王様だろ、獅子のさ。そんな悲壮な声でさ、情けなくないの? 俺さ、あんたのそういうところ、嫌だったんだよね。獅子ならさ、もっと凛々しい姿とか見せればいいのに、あんたと来たら俺の顔色を窺ってばかりでさ。いっつも、俺の事が一番! って感じで。本当、情けない男だよね、あんたはさ」  オーロラの瞳は、私に対して侮蔑の色しか映していない。  私を単純に諦めさせようとしているのではなく、それがオーロラの本心なのだろう。 「その点、シュヴァルツは、違うよ。冷酷な所が、すごく素敵だし? あの時に、少し乱暴な所も新鮮でいいんだ」  閨の事さえも、オーロラは声高に嬉しそうに話す。  それは、二人の間に既に肉体関係があることを私に理解させた。  私は怒りよりも、悲しさで心が張り裂けそうだった。  確かに、獅子として、私は秀でてはいないのだろう。  どちらかと言えば、私は大人しい性格だったし、王者の風格は持ち合わせていないのは分かり切っていた。  しかし、目の前の男、シュヴァルツにはそれがある。  知略にも武力にも優れた王として、彼は知られていたのだから。 「オーロラ……」  シュヴァルツが、はじめて口を開いた。  眉間に刻まれた深い皺は、オーロラを咎めるようだった。  心地よい低音の声に、オーロラがはっとした様子で、慌てたように、けれど、嬉しそうに後ろを振り返った。 「あ、ごめんね。どうしても、言っておきたくてさ。どうせ最後なんだし」  私に対するのとは、違う甘えるような声でオーロラがヴァイスにしなだれかかるのを見て、私は情けなくも泣きそうになった。  二人は並んで、私から離れていく。  本当であれば、私は二人を切らねばならないのだろう。  王として、他国から略奪を受けたのだから。  実力はおそらく拮抗しているはずなので、不可能ではない。  しかし、運命に番であるシュヴァルツを殺せば、悲しむのはオーロラだ。  勝利したとしても、オーロラの愛が、戻ってくるわけではない。  それを思うと、私には手が出せなかった。  そうして、少しも悪びれる事もなく、一度も私を振り返ることは無く、オーロラは、己の運命の番の元へと、去って行った。  私がどんなにオーロラの名前を呼んでも、無駄だとは分かっていたが、私は彼の名前を呼び続けた。  側近たちが、悲壮な声で泣き続ける、私を見つけるまで、ずっと。

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