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第1話
オーロラが去ってから、半年が経過した。
しばらくは落ち込み、何も手につかなかったが、王である私がこれ以上情けない姿を皆に晒す訳にはいかないと奮起し、騙し騙しながらも、日常の生活へと戻った。
周囲が次の后を薦めて来た時、私は中々首を縦には振らなかったが、王である以上は子を残さねばならず、1か月ほど前に新しい后たちを三人迎えた。
今回は三人とも、女性の后であり、全員がαだったが、皆、嫋やかな美しい容姿をしたものばかりだ。
時折、どうしてもオーロラを思い出してしまい気が沈むが、彼女たちのおかげか、少しずつ心は穏やかになって行った。
「お恨みになるのは止めはしません。しかしながら、オーロラ様の為を思えばこそ、貴方様は剣を振りかざさなかったのではありませんか? 忘れよとは申しません。貴方の傷が癒されるのは、きっと長い時間が必要ですから」
后の一人になった、黒虎であるアリーチェの言葉が、私の心に優しく響いたのが大きい。
彼女は、ディルノナーグから輿入れしてきた、貴族の娘だ。
やはり、当然ではあるが、他国の后を自国に連れて行くのは、国家間での戦争になる案件だ。
互いに思い合っていたとしても、それは略奪行為に他ならないのだから。
醜聞が広がれば、互いの国も悪影響にしかならない行為なのだから、当然なのだが、側近や、おそらくティルノナーグ側の根回しもあり、今回の件については、彼女と交換という話に纏まったのである。
元々、オーロラは貧しい市民であり、性格や喋り方なども相まって、あまり城内の人間や、城内に出入りするような貴族や商人からは評判が良くなかった。
側近たちの反対と、オーロラが嫌がった事もあり、オーロラが大きな式典などに出る事も殆ど無かったため、市民との交流もなかったので、オーロラ自体の存在が今一つ浸透していないのも、今回の件が丸く収まった理由の一つだろう。
そして、新しく迎えた后たちの評判の良さが、残っていた嫌な感触をすべて払拭した。
αだからかも知れないが、彼女たちはあらゆる事柄で優秀だった。
生まれも育ちもしっかりしている彼女たちには、オーロラの時はあんなに反対していた側近たちも、にこやかに対応している。
特にアリーチェは、最も后として、女性として優れていた。
当初、黒い虎である彼女を見て、恋敵となったシュヴァルツの事を思い出し、彼女に対して戸惑いから避けるような態度を取ってしまったが、彼女と少しずつ話し暮らす内に、彼女に対して親愛の情を抱く様になった。
オーロラの時に感じたような愛ではないが、私にとって、彼女が親友のような存在へと変わっていくのに、さほど時間はかからなかった。
彼女となら、私の傷はきっと癒えるだろう、そう思えた。
「そなたが居てくれて良かった。私は、そなたを見た時、あの王を思い出し、正直な所、そなたを疎んだ。しかし、そなたは博識であり、何より心優しい女人だ。あの時の、私のなんと浅慮なことか」
「……勿体ないお言葉です」
私の言葉に、穏やかに微笑む彼女を抱き寄せながら、私は立ち直れるのだと、そう信じていたのだ。
そう、私はいつも信じ、そして裏切れられると言うのに。
その話が聞こえて来たのは、ある雨の日の事だった。
「なぁ、お前聞いたか?」
「ああ、あの噂だろ?」
その日、私はオーロラとの秘密の場所へとやって来ていた。
秘密といっても、あの時に側近たちに見つかっているので、すでに秘密ではないのだが、それでも広く知られた場所ではない。
中庭に隣接したこの場所は、城内で働く者たちの声が良く聞こえるところだった。
それが面白いのだと、オーロラは言っていた。
忘れようと努力をし、今日を最後にこの場所には来ないつもりで、最後の別れとして此処へ来たのだが、その最後の日に、私はその噂を幸か不幸か聞いてしまったのだ。
「やっぱりなぁ、って感じだよな。あの噂」
「あー。まぁなぁ。……運命の番、なんて言われてたけど、正直あのΩじゃあの黒虎の王様の相手は無理だと俺は思ったし」
「な? 外見はまぁ、美人だったけど、あの性格じゃなぁ。本人は生まれに対して皆が自分に反感持ってるって思ってたみたいだけど、いや違うから、あんたの性格に対して皆反感持ってるんだって、何度心の中で呟いたか」
話しているのは、城内の騎士らしい。
黒虎の王、と言えばティルノナーグの王の事だろう。
壁の隙間から覗くと、二人の顔が見えた。
二人の顔を見て、私は彼らがオーロラの護衛騎士を務めていた事を思い出した。
「俺たちにも粉かけてくるような奴だったからな」
「そうそう。逃げるのが大変だったよな。ま、もういないから、それはいいけどさ。でも、そんな奴でもさ、あの噂聞くと悲惨だよなぁ」
「正妃になれるって思ったんだろうな、オーロラは。外見にも自信があって、運命の番だったんだから。きっと、シュヴァルツ陛下も、ヴァイス陛下と同じように自身を一番で、唯一だと思ってくれてるってさ」
二人の会話に、私は衝撃を感じた。
私は、オーロラが、シュヴァルツと出会う前までならば、自身だけを愛していた事を疑っていなかったからだ。
だが、話を聞く限り、オーロラはこの騎士たちにも迫っていたという事だ。
幸いにも、この騎士たちはその誘惑を跳ねのけてくれたようだが、全員が断れたかどうかは定かではない。
これが事実ならば、優秀な側近たちが、オーロラの事を良く思っていなかった事にも違和感がない。
元々、側近たちは貴族だろうが平民だろうが、優秀であれば採用するような者たちばかりだった。
そんな彼らがオーロラの事を悪く言うのを、今までは不思議には感じていたが、追及したことは無かった。
しかし、もしかすると、オーロラの行いを知っていたが、それをそのまま伝えるのを憚って、遠回しの進言だったのかも知れない。
下手に諫めれば、オーロラに対する愛の深かったあの頃であれば、私は正しい判断を下せなかった可能性があった。
「現実は、本当残酷だよな」
「ああ。しかし、シュヴァルツ陛下は冷酷だよ。確かにオーロラは、色々と問題はあるけど、一応運命の番なんだろ? それを、まさか部下に下げ渡すってすごくね?」
騎士としての話し方ではなく、普段の話し方なのだろう、砕けた口調で騎士の一人が言った。
だが、そんな事を気にする余裕などない。
「下げ渡した……?」
思わず、乾いた声が小さく出た。
その言葉は風の音にかき消され、二人には届かなかったようだ。
「一応はまだ后らしいけど、后っていうより、それただの生奴隷なんじゃって感じだよな」
「すごい話だよな。全然大事にされてないらしいぜ。まぁ、元々、最初からシュヴァルツ陛下のオーロラへの態度も全然夢中って感じじゃなかったらしいし」
「あ、そうなんだ?」
二人の口から出てくる、信じられない言葉の数々に私は、すーっと背筋が寒くなった。
「オーロラの方は夢中だったらしいけどな。ま、この国まで噂が出回るくらいなんだ、あのΩにとっては最悪な展開だろうな」
「今、あいつ絶対思ってるよ、運命なんかに惑わされないで、ヴァイス殿下の所に居ればよかって、さ」
「馬鹿だよなぁ。ほんと。あんなに大事にされてたのに」
ゆっくりと、腹の奥底から怒りが沸きあがってくるのが分かる。
オーロラの為に、沈めていた怒り、憎しみ、悲しみが留まらず溢れていく。
幸せにやっているものだと思っていたのだ。
未婚だった私と違い、出会いの段階で、既にシュヴァルツには、他にも后が居たため、本当の意味でオーロラ一人にすることは既にできなかっただろうが、運命の番として、オーロラを慈しんでくれるのだと、そうどこかで信じていたのだ。
だが、話の中でのオーロラの現在は、あまりにも酷な話だった。
そんな風な状況に置くために、私は手を離したのではない。
あの時、剣を握らなかったのは、オーロラの為だったのだ。
「許せない」
癒されていた筈の、心。
それが、再び強い痛みを伴い、黒い塊を噴出する。
このままには、しておけない。
しておけるわけがなかった。
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