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第2話

「なりません!」  宰相が、私の言葉に、激しい口調で反対の意を唱えるのを、私は冷たい視線で射貫く様に見た。 「決定権は私にある筈だ。この国は、王の言葉こそがすべてであり、いかなる事情があっても、それを覆す権限はない。この国で意見を述べ、それを通せるのは強者のみ。この国で一番強いのは、私だ」  私の言葉に、宰相は怯んだ様子で顔を引きつらせた。  私が願ったのは、ティルノナーグへの進軍だ。  このリィンフォースと言う国では、王を決めるのはその武力と知力であり、特に武力が重要視される。  王族の中で、殺し合わせて、最後に残った者が王となるのだ。  人間であり、他国の人間だったオーロラからすれば、私は気の抜けたような凡庸な男にでも映っていたのだろうが、事実は違っている。  この私も、戦いの上で勝ち取りこの地位にいるのだ。  オーロラの前では、そんな私に威光など無為なものだったのが、苦々しく思う。 「しかしながら……! 前后がティルノナーグへと盗まれた時、あれこれ画策し、何とか納めた話を、今更になって蒸し返す等、正気の沙汰ではありませんぞ!」 「あれは、オーロラが幸福になると言う前提の話で、私が煮え湯を飲んだに過ぎない。オーロラに対する所業、この国まで届くような悍ましい事を聞いて、私が穏やかな気持ちでいられると、そなたは思うのか!」  宰相の言葉に、私は声を荒げた。  あの騎士たちが去ってから、私は影に現状のオーロラの事を調べさせ、そのあまりの惨状に、自室の内装を壊すほどに暴れた。 元々、シュヴァルツは冷酷な王とは聞いてはいたが、今までは、迎えた后に対して、他国まで流れてくるような非道な行いをしているとは聞いていない。  しかし、今オーロラが受けている仕打ちは、まさに奴隷以下であり、まるでオーロラを激しく憎んでいるかのような所業だった。 「それ、は……」  私の言葉に、宰相は言葉を詰まらせた。  なにせ、本当の意味で正気の沙汰ではないのは、こちらではなく、ティルノナーグなのである。  いかに、ティルノナーグが大国と言えど、大きな国は他にもいくつもある。  蛮族のような行いを続ければ、いずれは淘汰されてもおかしくはない。 「実際、ティルノナーグの現状は異常だろう。戦乱の世ならともかく、今は小競り合いはあるとはいえ、基本は和平が取り決められている。我が国とも、敵国と表現はしてはいるが、長い間戦争という規模のものは無かった。それを、今になって火種になるような行いを堂々としているのはあちらなのだぞ!」 「であればこそ、戦争など起こすべきではありません! 放っておいても、自滅するでしょう」  宰相が、重苦しい響きを持って呻く様に言う。 「オーロラ様を愛されていた貴方からすれば、不快かもしれません。しかしながら、貴方ではなく、ティルノナーグ王を選ばれたのは、あの方自身です。あの時、後の后としてやってきたアリーチェ様と交換したかのように噂を流し、陛下への悪意を殺いだのに、今貴方が挙兵などしては、やはりあの時のは、と、また蒸し返されるだけですぞ!」  その言葉から、宰相の苦渋が見て取れた。  実際、その時の話もかなりの力業であり、聡い者からすれば、私は愛する者を奪われた哀れな男として映っていたのは明白だ。  それを国家間の交渉や、側近たちの根回しなどで、沈静化したに過ぎないのだから、蒸し返せば足元をすくわれるのは当然だ。 「私の意見は変わらぬ。明後日、兵を連れて、ティルノナーグへと進軍する。これは、決定事項だ」  たとえ、己の恥として多数に知られようとも、オーロラをそのままになどしてはおけない。 「反論があるのであれば、私に実力で勝つが良い。負けたのならば、私は従おう」 その言葉に、誰も意を唱えない。 それが、答えだった。 ◆  暗くじめじめとした石造りの一室で、オーロラは男に背中から圧し掛かられ、熱い精を注がれていた。 「ぐ……ぅ」  力の入らない身体は上半身は地面に倒れ、下半身は無理矢理大きな手で抱え上げられ、何度も何度も、不特定多数の男の精をその身に受ける。  身体は精で汚れており、何度も性器を叩きつけられた尻は赤く腫れていた。  顔には、紫への変色した痣があり、日常的な暴力が、オーロラに行われている事は明白だった。 「おいおい、もうガバガバだろ、こいつ」  屈強な黒虎の壮年の男が、吐き捨てる様に言い、性器を秘所から抜くと、オーロラの身体が地面に力なく完全に倒れこんだ。  支える体力もなく、開ききった足は開かず、蛙のような体勢で荒い息を吐いているオーロラを、室内にいた他の男たちも、馬鹿にした様子で見降ろしていた。  そこには、王の后に対する敬意どころか、オーロラに対する情けさえも存在していなかった。 (なんで、俺は……こんな事に……)  オーロラは、今までの出来事を思い出しながら、視線を天井へと彷徨わせる。  あの日、ヴァイスに別れを告げて、シュヴァルツと共にティルノナーグへと渡ったオーロラは、これから始まるであろう幸せな人生に喜びを見出していた。  運命の番にである確率は本当に少なく、まさか出会えるとは思っていなかったのだ。  しかし、シュヴァルツと初めて出会った時に、その運命に気づいたのだ。  冷酷なシュヴァルツの噂は知ってはいたが、惹かれる気持ちは止められなかった。  ヴァイスの事は嫌いではなかったが、焦がれるほどの気持ちを抱いたことは無い。  穏やかすぎるヴァイスの愛よりも、オーロラは情熱的な愛を選んだのだ。  シュヴァルツには既に后が居た事に不満はあったが、シュヴァルツが今までずっと不能であり、后たちとは性的関係を持っていなかった事を知り、オーロラは執拗にシュヴァルツへと迫った。  その結果、シュヴァルツに荒々しく抱かれ、オーロラは彼の物になった。  今まで誰とも出来なかったのに、自身と性行為が出来たという事は、やはり運命の番を彼が待っていてくれたのだと、オーロラは思った。  だからこそ、ヴァイスを捨てたのだ。  だが、現実はそう上手く行かなかった。  まず、ティルノナーグからの風当たりは非常に強かった。  ティルノナーグとリィンフォースは、敵対関係にはあったものの、実質的な戦争があったのは遥か昔の話だ。  実際、相互間のやり取りはあるし、近年では国同士の人間が婚姻するのも珍しくはないくらいには、関係は良くなっていたのだ。  それに来て、オーロラの存在だ。  いくら取り繕っても、略奪愛である。  迷惑に思うのは、相互間の関係の人々たちであり、更にオーロラの普段の行いが、彼らの反感を余計に買った。  リィンフォースは、弱肉強食の国であり、国のトップである最強のヴァイスが、オーロラを庇護していた事で、オーロラは多少の嫌味を除けば平和に暮らせていたのだが、ティルノナーグはそうではない。  強さよりも協調性を重んじるティルノナーグにとっては、オーロラの存在すべてが異物でしかない。  運命の番とは言え、シュヴァルツには既に后が複数いる。  たとえ、シュヴァルツが手を付けていなかった后だったとしても、彼女たちへの敬意は、必須である。  しかし、運命の番である事を笠にきたオーロラは、彼女たちと別れる様にシュヴァルツへと迫り、彼女たちに対しても強気な態度を取った。  城内の人間は、オーロラに対して不満を貯めていき、膨れ上がった結果、その噂は市井にも広がる程だった。  忠告してくれた者も中には居た。  だが、オーロラはシュヴァルツが居るのであれば平気だと、それを突っぱねて、自身の好きな様に振る舞ったのだ。  しかし、ここにきてオーロラにとっての大誤算が起こった。  連れてこられた当初は、連夜呼ばれていた閨に、呼ばれなくなったのである。  そればかりか、他の后を交代で訪れる様になり、しかもその交代の中にオーロラは含まれなくなっていった。  取次ぎを希望しても、シュヴァルツからの返答は一切なく、やがて周囲の人々もオーロラを遠巻きに見つめる程度になって行った頃、オーロラは焦る。  何故、呼ばれなくなったのが分からなかった。  初めての時に、シュヴァルツは言っていたのだ。 ――今まで、一度として誰にも反応したことがない、と。  だから、反応して抱かれた自分は特別であると。  運命の番なのだから当然なのだ、とそう思っていたのに。  もしかすると、他の相手も抱けるようになったのではないか、とオーロラは思ったが、他の后の話を盗み聞きしたところ、后たちとはそういう関係を持っていない事が分かり、ますます分からなくなった。  しかし、事態は一向に好転せず、完全に閨に呼ばれなくなった頃、オーロラは荒れた心を慰める為に一人の男を寝所に呼び、性行為を行った。  綺麗な金色の髪をした男は、ヴァイスに良く似た年若い男だった。  男と寝るのは初めてではない。  まだシュヴァルツからの渡りはあった頃、それでも少なくなり始めた行為に我慢できず、青年を連れ込んで行為に及んだのだ。  ヴァイスと違い、あまり性質の良い男では無かったが、そういう男の方が気分が楽だと言う理由でだけ選んだ存在だった。  しかし、これがオーロラの命運を決める止めとなった。  最悪な事に、この日に限ってシュヴァルツの訪れがあったのである。  ベッドの中で絡み合う二人の姿を見た、シュヴァルツは鼻をくんと鳴らし、僅かに目を見開いた後、何故か納得が言ったと言わんばかりに、微笑んだのだ。 ――なるほど、そういう事だったか、と。  慌てて言い訳をし縋るオーロラを、冷たく何の感情映さない瞳で一瞥すると、シュヴァルツは去って行き、入れ違いに入ってきた男たちの手によって、オーロラは今の境遇へと落とされた。  それから、オーロラはずっとこの一室に閉じ込められている。  どんなに泣き叫んでも、誰も助けてはくれない行為は苦痛でしかないが、時折聞こえる会話から、この行為がシュヴァルツからの命令であると知ってからは、抵抗をやめた。  王であるシュヴァルツの命令を、覆すことが出来るわけないと、そう分かっていたからだ。  そう考えながら、オーロラはヴァイスの事を思い出していた。 ――あいつは、きっとどんな俺でも許してくれたんだろうな。  シュヴァルツの真意は分からなかったが、今思えば、最初からオーロラに対して愛情を感じていた訳ではないのだろうと、推測できる程度に思考は冷静になっていた。

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