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第3話
ティルノナーグ対リィンフォースの開戦の火蓋は、日の出と共に上がった。
拮抗する国同士の戦いは激しく、双方の疲労は時と共に蓄積されていくが、疲弊が激しいのはリィンフォース軍だった。
元より、ここはティルノナーグの地であり、此処までやってくる道中で兵士が疲労しているのは当然ながら、問題は士気の方である。
兵士たちにとって、今回の戦は納得の行く内容ではなかった。
元より、リィンフォースの兵士たちは、救出対象であるオーロラの事を良く思っていないのだから、己の命をかける事など出来はしない。
王であるヴァイスに逆らえない以上、仕方なく従軍してはいるが、許されるのであれば撤退したいと考えていた。
兵士を含めた国民たちの、王に対する思いは、かつては純粋な憧れだった。
若干15歳で、並み居るライバルである王族をうち倒し、王となった、勇敢だが心優しく、知的な王。
それが、ヴァイスへの評価だった。
当時は、誰もが彼に憧れ、不満を持つものなど存在していなかったが、今は違う。
――王は、あのオーロラと出会ってからおかしくなった。
人々は皆、そう噂した。
オーロラを后として迎えた当初は、皆そこまで反対はしていなかった。
一般市民の出なのもあり、やや乱雑な素行も、最初は皆そうだろうと、見守っていた様に思う。
勉強して行けば、后にふさわしい態度になるだろう、王が選んだ后なのだから。
そう、皆は思った。
だが、そうやって、王であるヴァイスからも、周囲からも甘やかされた結果、オーロラの態度は尊大になり、気づいたころには皆オーロラを疎ましく思うようになっていた。
不要な高価な貴金属の収集や、度を超えた贅沢。
使用人への暴言や、王に近しい女性やΩなどへの激しい攻撃。
あまつさえ、一途に愛することを王であるヴァイスに誓わせておきながら、自身は城の中で働く騎士や、出入りをする貴族や商人を捕まえては秘め事に励むのだから、呆れられない方がおかしいだろう。
一度、生まれた妙なプライドは誰がどんなに諭しても決して崩れず、オーロラは、王であるヴァイス以外の理解者を喪ったのだ。
王はオーロラの不貞には気づかず、どんな場面でもオーロラの立場へと立ち、オーロラの味方をする。
もはや、王にとって、オーロラはただの疫病神でしかないと、何とか引き離そうと、あれやこれやと手を打つも、恋の前にはすべてが無意味なのだと思い知らされる日々。
二人のやり取りを見る臣下の視線は、どれもこれもが憎悪と侮蔑に満ちていた。
そんな一触即発な中に現れたのが、ティルノナーグの王であるシュヴァルツだ。
オーロラの運命の番であると言うシュヴァルツに、オーロラは簡単に靡き、ヴァイスを捨ててティルノナーグへと渡った。
ヴァイスは激しく嘆いたが、彼以外にとっては何よりも喜ばしい事だった。
やっとあの疫病神が消えたのだと、城の中は格段に明るくなった。
王や一部の重鎮たちは、今回の行為によって評判に罅を入れたと思っているようだったが、多くの総意として、厄介者を始末出来、王が元に戻るのだと言う喜びだけであった。
事実、時間が経過し、新しい后を迎えるころには、王はすっかり元の王に戻っている様に見えた。
何より、アリーチェ妃との仲は睦まじく、御子が生まれる事を皆が待ち望んでいたのだ。
しかし、時を同じくして、オーロラの噂が国へと広まる。
噂は確かに悲惨な話であり、多少の同情はあったが、オーロラが自分で選んだ結果だ。
リィンフォースでの態度をそのまま貫いたのだろう愚かさに、ため息は出るものの、もはやオーロラとヴァイス王が夫婦だったのは過去の事、と、静観を決め込むつもりだった。
なのに、王はこうしてオーロラを取り戻すために兵を起こしてしまった。
王にとって、オーロラは過去ではなかったのだ。
捨てられた側であるヴァイスが、オーロラを追うと言うその姿に、皆は目を見張った。
獅子王が、一人のΩのために国の威信を使いつぶす。
いつしか、王への尊敬は消えていた。
決して、嫌いではない、悪い王ではない。心根は優しい王なのだ。
それは皆分かっていた。
しかし、己の恋のために国を動かすその愚かしい行為を許すことはできないのだ。
だから、彼らは思ってしまう。
王であるヴァイスが敗北すれば、彼は王としての威信を喪い、リィンフォースは新しい王を立てる事が出来ると。
国内には、単騎でヴァイス王に勝る者は誰もいないが、ティルノナーグの王であるシュヴァルツであれば、ヴァイス王を倒せるのではないかと。
そして、その期待は結果的に叶う事になった。
平地における一騎打ちにおいて、リィンフォース王、ヴァイスは、ティルノナーグ王、シュヴァルツによって敗北した。
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