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EPILOGUE

「ありがとう、おじさん」  大陸の外れにある田舎町で、オーロラは乗合馬車の操りての壮年男性へとお礼を言って別れた。 「自然ばっかりで何もないな、ほんと」  思わず苦く笑うその様子は、どこか疲れた様子ではあったが、かつての凄惨な扱いを受けた時の風貌ではすでに無くなっていた。  シュヴァルツからの扱いが、運命の番である妃ではなく、臣下へと下げ渡された性奴隷以下の存在となり下がった日、きっと自分はこのまま壊れてしまい廃棄されるのだろうと、どこか冷静に考えていた。  元々、どこにでもいる、少し綺麗なだけの少年だったオーロラだったのに、ヴァイスがあまりにも可愛がるから、オーロラは己の価値を尊いものだと勘違いし、傲慢な態度を取った。  そして運命を感じた相手が現れた事で、あまつさえその愛してくれた存在を裏切ったのだから、恨まれても当然の存在だったとその時、実感した。  しかし、ヴァイスはそれでもオーロラを愛し続けてくれていた。  ヴァイスは、結局、オーロラの為に、己のすべてをシュヴァルツへと捧げる事で、オーロラを開放してくれた。  オーロラからヴァイスへの愛は、彼がくれる愛情と比べれば、相思相愛の時期でさえ少ないものだったのに、ヴァイスはそんな事など気にも留めず、一途にオーロラを思ってくれた事に、オーロラは驚いた。   (俺って、きっと見る目がないんだろうな)  そんな彼を捨て、あんな本質的には鬼畜なシュヴァルツと言う男を選ぶなんて、フェロモン惑わされていたとは言え、当時の自分は悪趣味でしかない。  もう、ヴァイスと会う事は出来ないだろうが、シュヴァルツと綺麗に別れる事が出来たのは、間違いなくヴァイスのおかげだ。  下手をすれば、追っ手を向けられて殺されてもおかしくなかった。  何せ、シュヴァルツの独占欲と言ったら、今思い出しても背筋が凍るのだから。  しかし、ヴァイスは、結果的にオーロラではなく、シュヴァルツを一番に思う事を決め、シュヴァルツはその結果を受け止めた。  それに至る経緯は色々あるとはいえ、二人が不幸にならないと良いと今では思う。  自分だけが逃げおおせる事に罪悪感はあったが、シュヴァルツはヴァイスを傷つけるような事はしないだろうというのは間違いない。  激しい愛情ではなかったが、恩人としてのヴァイスへの感謝は忘れることは無いだろう。 「良い住処が見つかると良いな」  健常な心を取り戻せたことも奇跡だった。  繋いだ命と未来。  これからは、刺激のない平穏な人生を歩むのだ。  オーロラは、今日、その一歩を踏み出した。 ◆  夢の中で、私は、シュヴァルツでない細身の青年と楽しそうに会話をしていた。  それをまるで幽霊にでもなったかの様な感覚で見つめている。  はっきりと相手の彼の顔は見えないけれど、私の表情が本当に楽しそうで、私はそれを遠巻きに眺めながら、不思議な気持ちになった。  だって、こんな風に笑う事は、今の私でさえ、なかったから。  私は、こんなにしっかりとした雰囲気ではないけれども。  二人は、寄り添いながら口づけをかわしている。  私は二人の姿をもっと見て居たかったけれど、私を呼ぶ声が、それを許してくれなかった。  低くくて心地よい声は、愛しい旦那様のものだ。  私はいつも、迷うことなく彼の腕に飛び込むのだけれど、この時はすぐに飛び込む事が出来なかった。  なんとなく、後ろ髪を引かれたのだ。  けれど、もう一度青年と私の姿を見ようと振り返った先には、もう二人の姿は見えなくなっていた。  まるで最初から幻だったかのように、月明かりに照らされた隠れ家のようなその場所には、もう誰の姿も残っていなかった。  きっともう、思い出すことは無い。

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