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第8話

 リィンフォースとティルノナーグの争いは、双方の代表者によって、丸く治められる事となった。  リィンフォース側は、王であるヴァイスが狂った結果、独断で行った結果として説明を行い、ティルノナーグ側は、ヴァイス王を直接討ち取ったと言う事実を持って、今回の戦を両者の中で治めると言う話になった。  今回の件の発端となったとして、ティルノナーグ王であるシュヴァルツもまた、戦より一年ほど経った後にその王位を譲り、退位した。  これには戸惑う国民たちも多くいたが、新たな治世者たちの手によって、その戸惑いの声もいつしか聞こえなくなっていった。 「おかえり、シュヴァルツ!」  豊かな自然に囲まれた、美しい湖の近くにある白い館。  玄関口で、一人の金髪の青年が明るい声で愛する男の名前を呼びながら、相手へと抱き着いた。 「ただいま。すまないな。今回少し引き留められてしまったよ」  優しい声で、金色の髪に口づけを落としながら、シュヴァルツが言うと、金色の髪の青年ヴァイスは、ゆるりと首を左右へと振った。 「ううん、全然大丈夫だよ。皆、優しくしてくれたから」  そうやってはにかむヴァイスは、本来の年齢より幼く見えた。  幼いのは雰囲気だけではない。  口調も仕草も、成人しているとは思えない程、ヴァイスの知性は退行していた。 「そうか」  満足そうに微笑みながら、シュヴァルツがヴァイスの頭を撫でる。   ――あの時のシュヴァルツの言葉通り、今のヴァイスはシュヴァルツだけがすべてになった。  結局のところ、ヴァイスは正常な思考を保ったまま、シュヴァルツを愛することはできなかった。  しかし、シュヴァルツはそんな言い訳を聞いてやるつもりはなく、ヴァイスの心が得られないのであれば、オーロラを壊す事を止める気は無かった為、追い詰められたヴァイスは、自らの精神を壊す事で、シュヴァルツの願いを叶える結果となった。  ゆっくりと、しかし確実に心を病んだヴァイスは、かつての王としての記憶は持っていない。  勿論、オーロラの事も覚えていない。  今のヴァイスの世界は、シュヴァルツがすべてあり、それ以外は、身の回りの世話をしてくれている年の行った使用人しか認識できていなかった。  しかし、それを不満に思う事さえ、もはや彼には無いのだ。  シュヴァルツは、この結果に大変満足していた。  王であるヴァイスの事も、勿論愛おしく思っていたが、今のヴァイスは、まるで自分の為に生まれ変わってくれたかのように思えるからだ。  自分だけを見てくれる愛しい存在を手に入れたシュヴァルツは、今とても幸福だった。 「あまり身体を冷やすなよ。腹の子に触る」  シュヴァルツは、ヴァイスの膨らんだ腹をそっと撫でながら、反対側の腕でヴァイスを抱き寄せた。  崩壊した精神と共に崩れたのは、ヴァイスのバース性だった。  診断をした医者も通例がないと驚いてはいたが、今のヴァイスの身体は間違いなくΩであり、腹の中にはシュヴァルツの子がいるのである。  シュヴァルツにとっては、喜ばしい以外の何物でもない。  強いて言うならば、王族の血を引く存在である子に、厄介な話が降りかかる懸念はあるが、あれ程揉めた事を考えれば、余程のことが無い限りは何も言ってこないだろうと言う確信があった。  そして、そう言った様々な変化を経て、心の中に余裕の生まれたシュヴァルツは、結果的にヴァイスのかねてからの願いを叶える事にした。  オーロラの身体は適切な治療を施され、日常生活が送れるようになった後、幾分の金を持たせ、遠くの地へと送ったと、かつての臣下からは報告を受けている。  その臣下は幾分かオーロラに同情的だった事もあり、間違いのない話だろう。  しかし、もはやシュヴァルツにとっては、どうでも良い事だった。 「この間、貰った野菜でポトフを作ってみたんだ。シュヴァルツ、好きでしょう?」  そう笑いかけてくれるヴァイスから感じるのは、真っすぐな愛情だ。  そこには駆け引きなど存在しない。  オーロラの為に、心を壊したヴァイス。  それについては思うところが無いわけではないが、だが、今のヴァイスはすべて、シュヴァルツだけのものだから、もはやそれで良いのだと、シュヴァルツは思った。  運命の番、それはきっと最初から自分たち二人だったのだ、と。  もはや、そう思っていた。  長い時間をかけて、シュヴァルツは己の運命の番を手に入れたのだ。

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