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第7話
石造りの階段をシュヴァルツと共に降りた先に、オーロラは居た。
屈強な黒い虎たちに囲まれたオーロラには、かつての華やかさはなく、視線は虚ろに宙を彷徨っていた。
くたりと、項垂れるように身体は横たわり、抱え上げられた足は所在なさげに揺れている。
男たちの荒い息と、吐き捨てられる精の匂い、そして数々の暴言に、私は思わず駆けだそうとするが、その腕をシュヴァルツに掴まれ阻まれた。
「こんな仕打ちは、番に対してするものではない!」
掴みかかる勢いでシュヴァルツに抗議するが、シュヴァルツは気にした様子もなく、しれっと冷たい視線でオーロラを見た。
番とかそういう以前の問題であり、人権のある者への仕打ちではない。
「元々、それは好き者だ。普段の行為と何の違いがある?」
だが、シュヴァルツにとっては、すでにオーロラは邪魔な存在なのだろう。
瞳の奥に何の優しさも読み取ることが出来ない程の冷たい眼差しで、オーロラを見た後、まるで百八十度違う甘い瞳で、私を見て微笑んだ。
「これは、罰でもある。夫のある身で、他の男に身を任せるなど、あってはならない事だ。それこそ、処刑されてもおかしくはないだろう? それを命を取らないのだ。私は充分優しいだろう?」
酷薄な笑みを浮かべながら、優しさを装った男は、私の頬をするりと撫でて、耳元で囁く。
確かに不義など、本来であれば処刑されてもおかしくはない話だ。
リィンフォースでさえ、不貞行為は厳しく裁かれるのが常だ。
「しかし、こんな……事は」
悍ましい行為は、止まらない。
男たちは己の欲望を抑える事もなく、荒々しく腰を打ち付けている。
鼻から抜けたような甘い声でオーロラが声を上げるのを聞き、私は後ろに僅か後ずさってしまう。
「殺した方が、これの為だと思うのならば、殺そうか? そろそろこいつらも飽きた頃だろうし、これが死ねば貴方は私の事だけ考えてくれるかな?」
腰に回された太い腕に、思わず私は縋るように手を置いてしまう。
「殺さないでくれ!」
悲痛な声が、室内に響き渡ると、一瞬男たちが動きを止めるが、シュヴァルツが目で男たちへと命令をするように視線を送れば、男たちの動きはすぐに再開された。
「解放してほしかったのだろう?」
「私が言ったのは、そういう意味ではない! ここから解放して、オーロラに普通の生活を送らせてやってほしいと言ったのだ!」
「無罪で手放す理由がない」
「これだけの仕打ちをしておいて、まだ足りないと言うのか!」
オーロラを救うものが、もはや死だけなのだとは思いたくなかった。
何とか、思い直してほしくて、私は柄にもなく、シュヴァルツの服を掴んで縋った。
相手が私よりも屈強な身体をしているとは言え、男である私が、こんな風に媚びるような仕草をするなど、本来であればあり得ないが、数日間に渡って女扱いをされた事で、私の精神はは変わってしまったのだろうか。
華奢な男ならいざ知らず、みっともないと思われてもおかしくはない光景だ。
だが、シュヴァルツには、私の行動は嬉しいものだったらしい。
力強く抱きしめられると、唇で私の耳を食んだ。
「では、オーロラを助ける代わりに、貴方は私に何をしてくれる?」
交換条件だと、シュヴァルツは言った。
「私は貴方を独占したい。だが、それは身体だけじゃない。心も欲しいのだ。今の貴方は、オーロラをまだ愛しているだろう? それでは、私がアレを許すことが出来ない。アレを助けたいのであれば、貴方の愛を、オーロラではなく、私に向けてほしい」
人の気持ちを瞬時に変える事など出来はしない。
まして強制されて生まれる愛など、普通は存在しない。
だが、この男はそれを私にやれ、というのだ。
「……私、は……」
艶めいたオーロラの姿を見つめながら、私は震える声で呟いた。
かつて、生意気な態度で私に我儘を言っていた快活な姿は、もはやそこにはない。
このまま、凌辱され続ければ、オーロラの心はきっと壊れてしまうだろう。
むしろ、今の時点で既に壊れてしまっていると言っても過言ではない。
しかし、もはやオーロラを救うためには、シュヴァルツの言うままにするしかないのだろう。
もはや戦いで私がシュヴァルツに勝つことは難しい。
国の援助があれば可能なのだろうが、私の代わりを見つけた国が私を見放している以上、もはやそれはあり得ない話だろう。
だとすれば、私がオーロラの為に出来るのは、もはや……。
「時間が欲しい、もう少し……」
自身の誇りよりも、私はオーロラを守ってやりたいと思ってしまう。
たとえ、オーロラが私の事を何とも思っていなくても。
弱々しい私の言葉に、シュヴァルツが薄く笑った。
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