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1章 旅立ち プロローグ ヴィヌワの歴史
遠い遠い昔、神様は海に囲まれた平らな大地に二足歩行で歩く五つの獣の種族を作りました。
兎を祖に持つヴィヌワ族、鼠を祖に持つキャリロ族、熊を祖に持つベーナ族、狼を祖に持つルピド族、そして獅子を祖に持つリオネラ族。
五つの種族は緑豊かな平らな大地でそれはそれは仲良く幸せに暮らしていたのです。
ですがその幸せも数十年、数百年と経てば薄まっていくものです。平和な世界は平凡になり平凡が退屈を作ってしまいます。
退屈な日々に嫌気が差したのはリオネラ族を纏める長の一人でした。リオネラの長は言いました。
『こんな平穏の何がいいのか。獣を狩るのもメスをハレムに囲むのも飽き飽きだ。……そうだ。退屈ならば退屈にならぬように余興をすれば良い』
長の言葉で始まった戦いはメスオス関係ありません。そしてリオネラ族だけに留まらず他の種族を巻き込んでいきます。巻き込まれたのは狼を祖に持つルピド族でした。剛腕と俊敏な脚力を持つ二つの種族の力は拮抗し、中々戦いに決着がつきません。
何年、何十年、何百年。幾年戦いの日々を繰り返していたのか、気づいたときにはすでに遅く、リオネラ族とルピド族にメスがいなくなっていたのです。メスがいないどころかオスさえも数が減り、種族の存続の危機に陥っていたのです。
そのことに焦った二つの種族はヴィヌワ族とキャリロ族に白羽の矢を立てました。
ヴィヌワ族とキャリロ族は共にどちらもオスですが、子供を産むことのできる器官を持ち、同種族のメスよりも小柄で線が細く、何よりオスの本能をゆさぶる官能的で美しい容姿をしているのです。
『メスがいないのであればヴィヌワとキャリロに産ませれば良い』
そうしてリオネラ族とルピド族の手によってヴィヌワ族とキャリロ族の狩が始まったのです。一回の妊娠は多産で、メスは産まないけれど、以前よりも屈強な戦士を産むヴィヌワ族とキャリロ族はそれはそれは大切に大切に囲われていったのです。
ですが、ヴィヌワ族とキャリロ族の体格は小柄で、リオネラ族とルピド族のような大柄な子供を何人も産むことに耐え切る体ではない事から段々と数を減らしていきます。
ヴィヌワ族とキャリロ族の二種族はこのまま種族の数が減っていき、いつか滅亡してしまうのではないかと嘆き悲しみ、滅ぼされる位ならば自ら命を絶ってしまおうと決めたのです。
そんな時です。温厚で争いを好まないベーナ族が救いの手を差し伸べたのです。数の少なくなってしまったリオネラ族とルピド族はベーナ族の数の多さに圧倒され草原に追いやられました。
そしてベーナ族の長はヴィヌワ族とキャリロ族の長に言いました。
『森の奥深く、誰もこないような所に住みなさい。だけど、二度と草原に出てはいけないよ。リオネラやルピドよりも大きな体をしている我々だけど、力では負けてしまう。だから決して草原に出てきてはいけない。草原と山の間に我々が住んで貴方方を守っていこう』
五つの種族は分かれて住むことになりました。
ベーナ族は草原と山の間に巨大な砦を作り、リオネラ族とルピド族は草原に分布し町や村をつくり、ヴィヌワ族とキャリロ族は山の奥深くにそれぞれ木の上や森を開拓し村を作っていったのです。
こうして世界は平和に戻りました。めでたしめでたし。
***
ヴィヌワ族に言い伝えられている歴史の本を思い出しながら僕は震えていた。
「……キト、キト。にぃちゃ。ぼくたち、どうなっちゃうの……?」
兄であるキトの腕に抱かれ涙を零し、唯カタカタと。
「しー、し、し。リト、喋ってはいけない。呼吸を浅くして。バレたら俺達は終わりだ」
家の地下にある貯蔵庫は光を通さず、麻袋を兄弟二人でかぶっているから余計に真っ暗だ。頭にかかるキトの呼吸が唯一の救いだ。
『きゃああああっ とぉちゃー』
外から聞こえてくる叫び声にびくりと体を震わせたキトが僕を強く強く抱きしめた。
「あの声、ナノだ!」
「リト静かに。……ナノの居場所がバレたんだ」
ナノはまだ三歳。親と一緒に貯蔵庫に隠れていると言っても、不安になれば泣いてしまうのは仕方ない。それで見つかってしまったのか……。
暗い貯蔵庫の中ではキトの顔を見ることは出来ないけどキトが貯蔵庫の階段を見る為に顔を上げたのが分かった。
『ナノを……ナノを返せ!』
ナノの父親の怒声がこちらまで聞こえてくる。そして次に聞こえてきた低く恐ろしい声に、寝てしまっている長く白い耳がぶるぶる震え、丸い尾っぽがぴるぴると勝手に動く。
『ナノ君か。元気な子だな。何も我々は取って食おうと言うわけではない。最近ではこの近辺も危なくなって来ているから、貴方方を保護しようとお話しているのだ』
『保護!? 保護だと!? 嘘をつけ! そう言ってお前達はわし等から何もかも奪うではないか!』
『そうだそうだ! お前達ルピドは我らを捕らえにきたのだろう!? 誰が騙されるものか!』
『ルピドは草原に帰れ!』
村長である僕達のおじいさんが声を上げたことで他の村人も次々と声を上げ始める。その大きすぎる声は村にやってきた団体の声もかき消してしまった。
「にぃちゃ怖いよ」
キトの背中にまわした手の力をぎゅーっと篭めるとキトがさらに強い力で抱きしめてくれる。
罵声と怒号が飛び交うなか、キィと家の扉の開く小さな音がして僕は息を詰めた。コト、コト、と歩く頭上の音に冷や汗が背中を伝う。キトは顔を上げたままなのかピクリともせず様子を伺ってるようだった。
なかなか出ていかない足音に僕はある事に気がついた。あいつ等は僕達二人を探しているのだと……。
息を詰め、震えたまま僕は事の起こりを思い返した。
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