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1章 1話 ワ村のリト

 窓から入ってくる風が僕の頬を撫ぜていく。  居間の椅子に腰掛けた僕の目の前で、キトが僕の髪を結い上げていた。  赤い石を散りばめた赤く長い紐を織り込む右側頭部の編みこみは、ヴィヌワ族の成人の証だ。キトの右側頭部にも同じ証がある。僕は大人になれた事が嬉しくてふふっと笑った。  ヴィヌワの星読みの大婆に僕は十歳にならずに黄泉國に旅立つだろうと言われていた。だけど、僕は今日で十五歳。今日の成人の儀が終われば大人の仲間入りを果たすのだ。 「うふふふ」  口を手で覆って笑ったらキトが訝しげに顔を覗き込んできた。 「なんだ?」 「僕も大人になった。これで狩に行ける。キトと一緒に獣狩にも魔物狩にもいけるー。それが嬉しくてー」  くすくす笑う僕の両頬を両手で挟んで僕の顔を固定すると困った様に笑った。 「お前はまだ子供だ」  その言葉にむっとして頬を膨らませた僕にキトが真面目な顔をして言う。 「お前にはまだ発情期が来ていない。狩に出かけることが出来るようになるのは発情期を迎えた大人だけだ」  確かに僕は十歳から十二歳でくると言われている発情期がまだ来ていない。発情期が安定して二ヶ月に一回きちんとくるようにならないと外に出れないって知ってるけど……。  だけどおじいさんが言ったんだ。十五歳になったら狩に出て良いって。 「子供じゃないもん」 「口を尖らせて頬を膨らませる大人がいるか?」  くすくす笑いながらキトが頬をつんつん突く。 「それに……狩に出たいと言うのなら魔弓で的の真ん中を射れるようにならないとな」  それを言われたら何も言えなくなってしまう。僕はキトみたいに家の外の壁に立て掛けてある的に百発百中で真ん中を射ることができないのだ。 「ぶぅーぶぅー」 「リト、おふざけはここまでだ。髪を結い上げて成人の儀の服に着替えなければ」 「はぁい」  右側頭部を編みこみ、お尻の下まである長い髪を毛先のあたりで紐で一つに縛り、後は儀礼用の若草色のローブに着替えたら完成だ。 ***  着替え終ってキトにおかしなところが無いか見てもらっていたら、おじいさんのゼトが家に入ってきた。  今日のおじいさんは成人の儀用に神官の服を着ている。ヴィヌワのワ村の村長は代々神官をしてきた家でもある。だから村長と神官と両方やらなければいけない。  次の村長はキトに決まっている。おじいさんが村長を引退したらキトに村長と神官の仕事がまわってくる。僕はキトの補佐をしなければいけないし神官の事も覚えないといけないから。今までだっていっぱいの事を覚えてきた。勿論これから覚えることもいっぱいある。  ……大人になるってちょっと複雑。  そんな事を考えていたらおじいさんが僕を見てニコリと笑った。 「準備は良いか? リト」 「準備はいいけど……」 「なんじゃ?」 「十五歳になったから狩に出ていいんだよね?」  おじいさんは”なんだそんな事か”って感じで頷いてくれたのに…… 「じーさん。リトにはまだ早い。魔弓もまだ的の真ん中に射れない。それに初の発情期もまだきてないんだぞ? 簡単にそこらへんの約束をするな」 「しかしなー……キト」 「ヴィヌワの掟を破るのか? ヴィヌワは伴侶を得るまで清い体でいなければならない。発情期は村の中で迎え外に出てはいけない。今までだって皆この掟を守ってきた。可愛い孫だからと言って甘やかすのは良いことではない。ヴィヌワの掟をワ村の村長の家系の者が破ってどうする」  おじいさんに怒った後キトが怒った顔のままこちらを見た。 「発情期が安定するまで危険だから村外には出せない。リト、お前に何かあってみろ、ワ村の皆も悲しむ」  十歳まで育たないと言われ、病弱で魔力がなかなか安定しなかった僕を育ててくれたのはキトとおじいさんだけど、村の皆も色々よくしてくれている。少しでも元気になるようにと栄養の高い果物や魔物の肉を僕の為に採ってきてくれた。十五歳で成人になって狩にいけるようになれば村の皆に恩返しが出来るって思ったのに……。 「リト、外に出るのはいつでもいいだろ? 元気になってきたと言っても何かあればすぐに熱が出てしまう。魔力もまだ安定しているとは言い切れない。リト、俺はお前が心配なんだ」  僕を産んで亡くなった母の顔も、病で亡くなった父の顔も、僕は知らない。  今、二十七歳のキトが十二歳の時から僕を狩以外では片時も離れずに育ててくれた。僕の父親代わり。そんな人を悲しませるような事はしたくない。今だって眉を八の字にして泣きそうな顔で僕を心配してくれる。 「きっと村の皆もお前が外に出ることを反対するはずだ。特にじーさんの弟の補佐のジトとヨト一家は。アレは俺以上に過保護だからな」  「分かった」と言おうとして言葉が止まった。おじいさんの弟で村長の補佐の大叔父のジト、それから叔父のヨト、あれこれ僕の世話をしてくれる叔母のシナ、ヨルとセナの従兄弟。この五人はキト以上に過保護だったのを思い出してピキンと体が固まった。 「分かったようだな。さて行こうか。村の皆がお前のその姿を楽しみに待っている」  差し出されたキトの手を取る。おじいさんが僕に笑みを見せて家を出て行く。キトも僕もその背を追うようにして家を出た。

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